-167話 密猟者と狩猟者 ②-
北方経営に勤しみ始めた八席は、先ず、最前線を膠着させることに舵を切る。
これは、消費される大量の物資の行き先を把握するためだ。たただ、漠然とどこに『何が』『どのように』『どれだけ』消費されているのかを知る為だ。必要な物資が、必要な量で消費されると分かれば、戦線を動かしたときに、再度、備蓄・集積所から動かせば混乱を小さくコントロールできると考えたのだ。
そうして、人員を派遣して麾下の部隊がせっせと情報を収集していくのに反して、南方の七席は暴挙に出ていた。
七席が用意した虎の子の部隊は、レッドキャッパーという特殊部隊だ。
彼の眷属は、クモであるから、それら魔物たちの身体の何れかに“赤い痣”が浮かびあがっていた。
人型にシェイプシフトした場合に赤い帽子をかぶっている。
このレッドキャッパーという連中の存在というのが、対する人にとって大いに迷惑極まりないモノだ。
彼らは主人である七席からの命によって『地均しを』を仰せつかった。
要するに、占領でも支配でもない行為に手を染めた。
この報告には、既に南方経営の為に本拠点を移し終えた、一席でさえも耳を疑ったという。
「七席は、自分たちが何をしでかしたか分かっているのか?!」
と、席を蹴って憤慨した。
兵法家は、黙して多くを語らなかったが、知っていても情報を上げる事は無かった。
二席も同様だ。
「陛下...」
「七席の性格を読み切れなかった我に責任がある」
深い溜め息を吐くと、やんちゃ坊主だった、七席の鼻垂れた少年の姿が甦ってくる。
喧嘩っぱやいのは性格だった。が、八席や九席、十席にとっては良き兄貴分だったものだ。
剣術は無縁、剛腕だけで世の中を渡り切ってやると豪語し、師を持たずに戦場を渡り歩いた。眷属を得て、一族を率い、多くの子に恵まれた七席には奢った。いや、彼を諫められる本当の意味での親が居なかったのだ。魔王ですら、その任を果たしきれなかった訳だ。
今までは、侵略戦争から身を守るための戦いだった。
攻められたから、剣を握った戦いに対して――死にたくないから戦う――という心境の変化を人間サイドに与えてしまった。占領下の人間は、歯向かうことさえしなければ“生かされる”と、いう漠然としたルールがあった。
これは、魔王が定めたルールだ。
必要以上に恨みを買うべからずとした。
理由は簡単だ。
結束した生物は、強い。
生存本能を刺激したら、どんな生物でも生き残るために無我夢中で活動する。
支配下の生物は、適度に牙を抜いて飼い慣らす。
そういう簡単なことを七席は無視した。
◆
「膠着していたヴァイルランド城が息を吹き返し、包囲していた一翼の背後をリードメイデン城塞兵が強襲し、潰走しました」
七席の執務室に飛び込んでいく伝令は、各地から戻ってくる偵察兵だ。
その殆どが魔狼族らで、その長には“赤い悪魔”と呼ばれた赤いベストの女がある。
彼らは、東進してスラブアメルロー城塞にあった。が、立場が逆転して、現在、オーディンザール城から発した30万の大兵力に包囲されて、落城間近にあった。
これも、七席のレッドキャッパーが補給線の維持のために全く、無関係な市民を殺害して歩いた結果である。恐怖政治による統治機構は、各地で反抗している勢力にとっては燃料投下に過ぎず、人々は死にかけていたエイセル魂に一縷の望みを賭けて、再び結束したのだ。
「スラブアメルロー城塞、陥落!!」
伝令は、4日以上かけてこの報告を執務室に届けた。
この城を攻略するために差し向けた兵力は、軍団の主力10万だ。ウォルフ・スノー王国との密約が守られれば、2万の兵力を国境警備として残し、そのまま南方攻略に参加させる兵力は、攻防戦に消費されて帰還者僅かに半数となった。
「何だ?! この有様は!!!」
七席の怒りはすべて、配下の将軍たちに向けられている。
野戦に定評のある将軍たちばかりだが、攻城戦では八席や九席の将帥より一段下がる。
得意分野が違うのだから、彼らのせいばかりとも違った。
「スラブの攻略を指揮した将は、誰だ?!」
ティーカップが宙を舞う。
手元にある何かを掴んで投げる癖が七席にあった。
「将軍は戦死されました」
幕僚たちが肩を竦ませて、おっかなびっくりで応答。
「戦死だと?! 足りん、一族とも兵卒に落として最善にくべてやれ!!」
苛烈な沙汰だ。
誰もが俯きながら、七席を呪う。
「ウォルフ・スノーの青いのはどうした? 連絡は掴んのか!!」
「再三の呼びかけにも、応じません」
幕僚の誰もが思っている――こんな状況で青年王が応答する筈がない。そもそも、彼らになんのメリットがあるというのか――これに対しても、七席は、北方の八席同様に呼び出しを行っているが、双方まったく応じる雰囲気が無かった。
もっとも、八席もレッドキャッパーの暴挙が飛び火して、周辺の経営に水を差された状態になっていた。
大挙して反抗する抵抗運動では無かったが、中継地と工場経営では労働力が臍を曲げて、その対応に追われたという状況と、国境線の再編によって余計な兵力が出動させられた。
冒険者用のMAPでは、目まぐるしく国境の破線が動いている。
「八席までもか...」
「どいつも、こいつも」
再び、羽ペンのインク壺が宙を舞った。
壁に当たって粉々に砕け散っている。
「予備兵力は?」
一歩ほど踏み込んだ幕僚が――
「残っておりません」
「あ゛?!」
「いえ、閣下の命によりまして東の要城・セントールヘイデル攻略に10万を派遣しており...」
一歩踏み出していた幕僚は、半歩ほど元の列に戻りかけていた。
「俺がいつ、そんな命を...いや、誰だ? 俺に無駄な献策をしたのは!」
と、怒鳴り出している。
戦線は見直され、縮小する南方攻略経営。
だが、補給線とその破壊は、より一層激しく燃え上がっていくことになる。




