- C 899話 ルビコン川のほとりにて 9 -
「キミたちの何れかが聖櫃って連中と繋がってたりしないかい?」
ん?
待て、待て。
アリスさんと総長さんとで視線が重なる。
ラミアさんはもじもじしてるだけで。
「アリス君とは会話したくないんだけど」
本音が出た。
総長は口と鼻をハンカチーフで押さえ、
「本当はキミのような、悪性の胞子を飛ばしそうな者とは一緒の空間も嫌なんだが」
世界の不幸な者選手権で、一番不幸そうな雰囲気で囀る総長。
軽蔑にも似た目が凄みを増して、
「こんな状況だ。甲蛾衆は敵に回したくない、妹さんで手をうとう」
殴られてた。
あ、いや。
妹の件を聞き終えてない状態で、総長を。
アリスさんが殴り倒してた。
「ふふ、ボクがキライなのは分かってるけど。らしくないなあ、感情的になるとか...アレか、キミが渡りをつけられるって事か?」
見当は付けてたけど、確信がなかった雰囲気。
当たらずも遠からず。
甲蛾衆だって、聖櫃とのコンタクトの取り方は分からないけど。
ボクらの物差しで考えれば。
恐らく、今も豪州の空に浮かんでる巨魚が見えさえすれば、甲蛾衆じゃなくても。
「渡りだと?」
少しだけ凄んで見せる。
総長の頭はまだ卓にめり込んでる状態だけど。
「ああ、ボクらの世界で好き勝手し過ぎだろ、彼ら?」
なるほど。
そういう認識なのか。
◇
仕切りなおされた事務所内。
執務室へ移ってもよかったけど、そこはラミアの私物がいくつかある。
例えば踏まれてもうれしい義妹との懐かしい写真など。
出会いは、孤児院から引き取って直ぐなので、10歳と満たない感じか。
極度に怯えてて。
雨に濡れた殺気剥き出しの仔猫のような、雰囲気だったと。
そんな、噛みつかれそうな仔猫を優しく姉として迎えて――殴られ、蹴られ、噛まれた。
最後は風呂に入れようとして、だ。
「自分で入れると言ったじゃないですか!」
今でも美しい思い出のように語る。
リリィ曰く、
「あんなの思い出じゃなくて、黒歴史です。人の色だとか匂いとかをこと細かく思い出してくれるんで、やっぱり消したい過去です。という訳で、姉さん......いい加減にしないと一服盛りますよ?」
盛らなくても、ガスがある。
最近開発した霧状の散布毒。
致死性には難があって、屋外ではなかなか死にきれない感じ。
「この部屋なら、わんちゃん」
「物騒な、リリィちゃんにもボクの子、産んでほしいから順番は守ってね」
めり込んだ首から冗談が聞こえる。
「冗談じゃないよ~ 本気にしていいからね!!」
「やめろ、この変態が!」
もっと奥に押し込まれた気がする。
机の下に落ちるは、カボチャ。
周りが欠伸に気が付いて遠退いて、1秒か。
「はい、ボクを見失った時点で今! キミたちぃ~死んだよ? うん、いいねその呆気に取られた顔」
好物だよ~って続く。
騙し、騙され、騙し合うのが諜報道。
殺し合うのは別の職業だと、総長は嗤った。