- C 896話 ルビコン川のほとりにて 6 -
上階の騒ぎに誘われるように。
アリス・カフェインが貸し切りの1フロアへ足を踏み込んだ。
◇
階段を登り終えると、
周りは固く閉じた扉が多数ある――廊下の端までに左右で5部屋づつ。十分な、広さと容量のあるような雰囲気の物件で、娼館でなければ宿屋でも良かったくらいの造りだ。いあ、甲蛾衆が購入した時も前のオーナーはホテルの経営者だったから、風俗店になってしまった事にしょげてるかもしれない。
まあ、あれだ。
ホテルだった時は、そこそこ内装も小奇麗で、宿泊代も高かった印象。
そんなんだから無政府状態になった後の物件は、泊まる人も居なくて荒れちゃった訳だ。
さて――。
左右の扉がゆっくりと開かれると、強面のお兄さん方が出てきた。
黒っぽいスーツに左肩がやや下がっているような雰囲気と、胸の不自然な膨らみ。
いかり肩の体躯、筋肉質なのは首の太さで分かるし。
顔の骨格も四角い方で。
「これ、ホスト? ではないよなあ...」
独り言のような呟きが漏れて、
アリスさんの胸を指先で触れてきた。
アリスさんも自分の胸に指が当たるのを見て...
制止させるように伸ばした腕を掴むと。
目にも留まらぬ速さで捻り落してた。
合気道のような投げ技のようで。
屈強な男が足元に転がっている。
「はい、いっちょ上り!!」
未だ、何かする?的な睨みを利かせた。
ラミアに吸い付いている優男の背に立つ、黒いスーツの男たち。
まあ、ボディガードなんだと思うけど。
「アリスさーん!!!」
リリィが気が付いて叫んでた。
いあ、この場合は相手に気が付かれないようにささっと近づいてだね。
ラミアを搔っ攫うのが有効な手段なのだけど。
「ちょっとー」
優男も背後で騒ぎがあったのは気が付いてたし。
警護は現地の警備会社に依頼したものだ。
「ん~ちゅばちゅば、美味しいですねえ~少佐?」
口がふやける~って叫ぶ彼女を弄んでいるような雰囲気。
事実、遊んでるんだろう。
◇
対峙する両者と、優男。
ラミアに絡みついて「なあ、観念して俺の子を産んでみないか?!」なんて口説いてる始末。
「ちょっと聞いていいかな?」
はい、アリスさんと質問を快く聞き届ける優男。
屈強な警備員の垣根の奥から、そんな許しが出た気がした。
「さっきから気になってたんだが...私ら初対面な気がしないのはなんでだ?」
ああ。
リリィは小首を傾げてる。
勘のいい子なのに。
「店長を名で呼び、階級も知ってるとなるとどうも、界隈に詳しいという訳だが。防諜の...じゃねえよな? だとすれば今ここに立つ警備員は白服の手の者だって事になる」
優男が垣根の隙間から、仰け反り、身を乗り出して。
「まあ、確かに」
「そんな他人事のように」
「いあ、実際に他人だからヤツらと一緒にしないでくれ」
あ、そう。
嫌らしく弄る手や指。
ラミアさん、一生分のマッサージを受けてますよ。