- C 894話 ルビコン川のほとりにて 4 -
アリスが帰ったラミアの執務室奥から、リリィが出てくる。
額の汗を拭って、
「精霊炉のはなし」
頷きながら義姉が背もたれに沈む。
生きた心地がしない。
甲蛾衆は怖い連中だって評判がある。
いや、勝手にそう思い込んでたところは、ラミアにあった。
ラミアはいつも。
アリスとの対面では背に、大粒の汗を拭き出させている。
「怖かった」
うんって声が続く。
「奥に控えてたのもバレてたっぽいね」
「毒は?」
仕掛けてない。
仕掛ける素振りさえ許してくれなかったと、思い込んでた。
帰途のアリスさんからすれば「毒使いの子、思い留まってくれて助かったー」だ。
◇
娼館の上階が事務所になってるけど。
その下階でちょっとした事故。
いや、事件が。
悪目立ちしている客があると。
従業員のお姉さんたちから、苦情が舞い込む。
「経営もしないといけないとか、どんな罰ゲームよ?!」
って、愚痴るのはラミアの癖になりつつある。
苦情の主へ相対して。
「うむ、女店主とはまた乙なことだな。で、店主自らが酌致すのか?」
ああ、なんか勘違いした客だって、ラミアは思ってしまった。
第一印象で下種を演じる。
そういう客だと思わせたら、バットを振り抜けば。
勝手に思い込んでくれる。
「娼館は一夜の楽園を切り売りする店です。申し訳ないですけど、お客様のような女の子に接待を求められる方でしたら、別のお店にどうぞ」
って、腕を取って外へいざなおうとした。
が、ラミアの腕をとって逆に躱されたとこ。
惚けてたら、キスまで赦してた。
「え? ええ?!!!」
濃厚なキス。
舌が絡んで、唾液の交換をして。
なんか吸われた気がした。
「ね、ねえさん!!!」
下階に降りてきたリリィと下種な男と目が合う。
ニタリとほほ笑んだような気がして、廊下の端まで飛び退いてた。
「ラミアよりも勘がいいな、少女」
リリィの傍らには警鐘だけを鳴らす“精霊”がある。
王国のスパイ狩りの方じゃなくて――
「ふむ、お前も魔女か」
ラミアだけでなく、妹たちにも見えない“精霊”が男には見えている。
義姉の腰に腕を巻き。
がっちりとホールドしたまま、ちゅばちゅば吸ってるトコで。
時々、ちゅっぽんと息継ぎしてたり。
「泣かないで義姉さん!!」
今、助けるではない。
励ますくらいしか出来ないんだけど。
ラミアに危害を加える様子はないようだ。
状況的にはもっとも娼館らしい、女店主と下種男の交際風景。
ただ、なんて言うか。
ラミアさん、可哀そう。
「口が~ 口が~」
ふやけるんだって。