- C 879話 国内の騒動 3 -
やや不機嫌そうにロッキンガム侯から派遣された、斥候は扉近くに陣取った。
いつでも逃げ出せるように備えている。
とはいえ、短剣でも半歩しかない距離だし。
ドアノブに手が掛かれば、即座に口封じに動くだろう。
「その言葉はそっくりお返しする」
城州王側の斥候は、ナイフを卓上に置いてた。
投げるもよし、持って突くもよし。
こんだけ狭いと...
『逃げられないよねえ...』
ふたりのどちらも、耳元で囁かれたように感じた。
両耳を塞ぎ、壁へと飛ぶ。
パキンって音が。
何かを割った。
何かを踏んだ。
何かが出た?
薄い桃色の煙だ。
色がついているのは、ヤバイもんだと分かるようにする為。
リリィの毒である。
訓練用ので、実戦では色なんてない。
静かに忍び寄り、毛穴から沁み込んで音なく殺す――こんなものをブロックごとに使うのだから、カース・ドラゴンの二つ名は、最早、最大の敬意でしかない。
暗殺業界での覇者か。
「ち、からが...」
「はいら、な、い...」
ふたりが床に沈み込む音が聞こえた。
肉を裁いてた猟師はもういない。
そこにあるのはガスマスクを被った女性。
山小屋に行くのだからドレスは着飾れなかったけども、着崩された軍服からこぼれる乳房。
これは目に毒だ。
「愉快犯姐さんの着方にはいろいろ、ツッコミどころ満載ですよね?!」
妹たちが、この山小屋をセッティングした。
猟師小屋に見立てた特別な捕獲罠。
「あら、ありがとう」
「着崩れてるってのに、なんで気が付かなかったんです?」
毛皮の帽子から黒髪をかき出す。
しなやかで黒く長い髪。
北天出身のような雰囲気がある、大人の女性だ。
ラミアとはほぼ同期だが、階級は少尉相当でしかない。
上官と浮なを流し過ぎた。
疎まれて、恨まれたのだ。
「さあ、リリィちゃんの幻覚剤か、いえ、あの子の毒は怖い...わね」
吸いこめば、認識がズレる。
山の霞はすべてリリィの毒だ。
◇
斥候が戻らないところに。
双方の送り込んだ者の、部位が帰ってきた。
身体の一部だけど。
まあ、それで十分だろう。
“アレは約定を反故にした”
実際のところ、404は内容を把握していない。
城州王の宮殿にて潜入中の報告から、三公同時蜂起の結末は『殲滅に変化なし』って事だと知らされている。
つまり、南方軍も同じ罪で裁かれるのだ。
今上陛下は苛烈な人だ。
指を切り落とされた白服が、吐露する。
黒髪の女性が足首を抱えて座る椅子の眼下に、這いつくばせられた斥候がある。
とりあえず...
彼は虚ろに口を開いてた。
心に鍵をかけて閉ざしていても、リリィの毒には言葉を吐かせる魔力がある。
「ほんと、怖いわね...あの子の毒は」