- C 865話 東西対決 5 -
「ボクもー、リリィと仕事。したかったー!!」
開口一番が、これだ。
無線機ではなく、エージェントに向かって吐く我儘だ。
青銀髪で、ボーイッシュ。
自由奔放で律儀なとこもあるが、背伸びがバレバレな普通の少女だ。
スパイで無ければ、だが。
「あの人、今回は万単位の軍隊をひとりで仕留めるお役目ですから」
エージェントも、防疫訓練は受けている。
講師は勿論、リリィ大尉なわけで。
あれの訓練の凄まじさは、アケロン川がほんの一瞬、垣間見えるとまで言わしめたもの。
苦悶に歪ませてる、マスク無しの機関員の苦しむ様を見るのが好きと、か。
言ってた――所謂、彼女の為の公然なる実験場である。
ちゃんと解毒薬は貰える。
◇
長椅子にちょこんと座った少女。
楽しそうに、
「それ、ボクも体験」
ちょっと動きが止まった。
万単位の――で、だ。
「えっと、ソレ?」
「はい、即死なんて優しさが頂けない。彼女の為、彼女が楽しみたいだけの、甘美な時間でしょうから...如何なる防毒服なども役には立たないでしょう。腐食毒は勿論のこと、吸気、接触、粘膜感染、考えられるすべてにおいて、オープンに当たると...聞かされて」
青銀髪の少女が激しく震えた。
身震いのレベルじゃなく、ガチの悪寒。
恐怖で身体が死にそうなレベルの、だ。
銀髪の少女のことは好きだ。
折れないメンタル――リリィに害を成せられる者は少ないし、毒が封印されても、頭脳と腕っぷしだけでも“黒蜘蛛”に対峙できる場数がある。普段からでは想像もできないけど、よく同僚を謀っている。
仲間への愛は重い方――好き嫌いくらいはある。が、好意を与えられるのは数人でいいと、割り切ってる。これは、孤児院での経験であり...愛情というリソースは有限だ。今のところ迎え入れてくれた、義姉と可愛がってる妹分だけあれば。ただの肉壁にくらいしか思えない。
ま、そんなトコ。
「――で、震えて怯えてくれてる、普通のスパイ先輩にも普通のお仕事があります!」
なんか含みのある言い方だが。
「超人的じゃない?」
「ええ、超人的じゃない、です」
404エラーズは、超常的な部隊であると思う。
そこにごく普通の人が混じっていること自体、すでに超常的なんだが。
比較対象が化け物なので、評価が鈍くなりがちだ。
《404でエースを張れる、貴方さんも十分...化け物です》
胸中でひとりごちる、エージェント。
「そっかあ」
仕事の内容は、ごく簡単な不可能任務。
北部辺境伯の下にも、白服の2個旅団が、予備戦力として投入された。
少なくとも西大陸・新政府軍の包囲網は完璧で、辺境伯の防戦はギリッギリというトコ。
ここに追加の――は、流石に。
で、青銀髪の少女の特命は。
予備戦力の足止め、或いは半壊が望ましい。
依頼は辺境伯だけど。
不可能とする下命は大隊長からによる。
「あの人も、無茶を言う」
「ですね」
エージェントは肩を竦めた。
ユウキは最近、姓を変えた。
ブライ男爵家の家出娘では、流石に自身の士気にかかわる。
リリィの助言により。
ユウキ・シアンと名乗るようにした。
シアンは青空をイメージしてるんだと思ってて。
毒大好きっ娘の当人は『シアン(化合物)』だ、そうだ。
これは、はじめてのすれ違いか?