- C 864話 東西対決 4 -
西大陸のもたつきは、所謂、強引な国内統制によるものだ。
国民を棄てて出奔した亡命政府に、なんの権限があるのか――と、各領主たちが反発。
それを城州王という武力でねじ伏せて、半月余り。
その舌の根も乾かぬ間に。
南部、東部、北部で連鎖的に反乱の狼煙が挙がった。
東部“ノーザン・テリトリー”州の国境都市“ホワイト・レイク”に迫ってた、白服が率いる2個旅団。
無整備状態の交易路を行軍しながら、軍楽隊の演奏に聞き惚れてたとこ。
その一行の目の前には、立ち姿だけで見惚れてしまいそうな、麗しき銀髪の少女。
しなやかそうな四肢に似つかわしくない豊満なバスト。
俯いたふしの彼女は、往来の真ん中にあった。
行軍の邪魔だと声を掛ける者は無く、ただ、俯いている銀髪の美少女見たさに。
モーゼの如く...
海を縦に引き裂いて見せた。
これぞ、魔性のなせる御業。
これ、本人が一番、苦手とする色仕掛けの初歩なんだけど。
木っ恥ずかしくて顔が上げられなかった、それだけのこと。
◇
行軍が過ぎ去り、
美少女は不意に踵を返して、振り返った。
“ホワイト・レイク”辺境都市までは僅かに6里余り。
いや、5里強ほどの距離だったんだけど。
ぼとぼとと、静かに膝から崩れて地面に沈む兵隊。
少女の顔を覗き込んだ者は、己の顔を掻きむしって絶命しているし。
彼女の脇を通った者は、目や耳、口から血を吹き出して死んだ。
あとは喉の皮膚が削れるほどに掻きむしった者もいれば、水筒の水を浴びたまま卒倒した。
洗い流そうと考えたようだけど、防疫の訓練の成果なのかもだが。
「わたしの操る“毒”に並の防疫は効果が無いのですが、これは聞こえてませんね。ええ、即効性ではないので、まあ、苦しかったでしょう。藻掻きながら、僅かな希望を抱きながら...その光、奪うのが趣味なのでよく拝ませてください」
まだ、息がありそうな白服の襟を掴む。
血糊の唾を吐かれたけど。
彼女には毒の耐性がある。
むしろ、毒とは彼女の血液を指すとか。
「関心はしませんが、そういう行動が出来る男性は嫌いじゃありません。出来れば、その...口に入るようにもう少し上を、狙って貰えたらよかったなあって思うんですが。...あら、残念。もうコト切れてしまってますね」
殆ど独り言みたいになってた。
グラスノザルツ共和国・特務機関に所属する、リリィ・フリードリス大尉には二つ名がある。コードネームとは別のどちらかと言えば、こちらがスパイ界隈で有名な通り名であろう、もの――“カース・ドラゴン”。
呪いという“毒”を届ける者と。
気が付かれなければ、彼女一人で街の数ブロックが地獄に成る。
爆弾なんて大層な兵器は必要がない。
ふらりと、彼女が化粧水の入った商品鞄を持ち込めればいい。
その小瓶ひとつで。
いったい何人、殺せるのだろう。
まさにドラゴン級のディザスターだ。
『あー、えっと』
懐から無線機を取り出す。
魔導技術によるアーティファクトなんだけど。
リリィの手元のソレは電波が良くないらしい。
ぶんぶん振り回して、手のひらに当てて叩いてた。
『わーやめやめ!! 叩くな、厳禁っ。ちゃんと聞こえてるから、叩くなってんだろ!!!!!』
ぼっこんぼっこん送信機のマイクに叩く音が入ってる。
耳を澄ませてた、上司の泣き顔が容易に想像できた。
『あ、通じた』
『通じてたよ、叩く前に返事を待て! この脳筋娘がッ』
なんか、よく言われる。
毒ガスのような芸術品をつくっても、評価は低いようだ。
『ま、とりあえず...首尾を聞きましょう』
見渡して、下唇のしたに指をあてる。
『うん、死んじゃった』
簡単な言葉に力が抜ける。
何か言ってやりたいけど、リリィはあれでマイペースだし、気分屋だ。
拗ねてもいいこと無いから。
『この毒さ、もう少し日光に晒されないと中和出来そうに無いや』
って事で。
リリィ・フリードリスという銀髪の美少女は、休憩に入った。