-1.5.2話 謁見-
スライムを被った触手の化物は、ひたひたと造船所から出てきて周りをぐるっと視線を這わせた。
ざっと10騎の軍馬と短い槍を構えた歩兵が30以上は居る気配がする。
「対応に時間を要したようだが、何か不都合なことがあったのかね?」
◆
南洋王国の王宮は巨大な巻貝みたいな造形が為されている。
センスがいいとかそういう類の話ではない。何で巻貝になってしまったのかと、市民のウケも悪いし何より見た目が悪い。外見とは変わって、中身は普通の荘厳過ぎる空間を持つ。調度品は贅沢の極みを尽くしたような金、金、金で出来た眩しい造りだ。
アンバランスと視点の置き場にイラっとさせられるこの不愉快さ。
魔人の怒りがふつふつと湧き上がる感じを先導者は、背中で感じ取っていた。
「もうすぐ着きますから」
と、余計な言葉を掛けてしまった。
魔人は、使者でもない単なる連行されたスパイの容疑者だ。
だが、どうにもこの王宮の住人を代表して、何となく謝っておきたかったのが本音だった。
「で、私は誰と会うのかね?」
「私だよ――」
通された部屋に立派な甲羅を背負った老練な獣人があった。
「大臣閣下」
兵士が声を掛け、連行した魔人を差し出す。
もっとも、魔人の方が先に歩み出て一礼を済ませてしまった。
「これは、国防大臣直々とは恐れ入ります。私としては近々、こちらから出向く予定だったのですが」
と、ふふっと鼻で笑い、涼やかな雰囲気で手錠をみせた。
「これは保険だ。恐らく魔王軍の関係者だと思うが...私も自分の身が危うくなることは避けたい」
「なるほど、確かに」
「いやいや、これは失礼した。魔王軍の使者としてはお会いできないのが残念ですね――まあ、いいでしょう。私の容疑は、スパイですか?」
懐から海辺で拾った珊瑚を取り出した。
海岸沿いには闇市という裏社会が催す市場がある。金さえ払えば何でも手に入る――限界はあるものの、大砲だって奴隷だって買えるのだから、闇市...業の深い話だ。
「これは、貴国の特産品ですよね?」
珊瑚は七色に光って見える。
千年以上も経過した精霊が宿るという伝説のお土産品である。
各国の王宮に贈答品などで活用され、外交手段や政治的利用が多い特別な商品だ。
南洋王国ではこれの他に大真珠という拳大の大きな真珠もある。
至極の宝珠とも呼ばれ、闇市でも命がけの取引と言わしめる代物だ。
「ま、これも金で買えるようですよ」
と、宝珠さえ彼の手から飛び出した。
「我が国の状態を観察しに来たか?」
「この程度ならば、私自身が乗り込む必要さえありません。貴国の転覆では無く、そちらに渡航した魔法使いが私の狙いです...どこに居ますかね?」
国防大臣の平たい表情がいささかも曇らないのは、彼が知らないからに他ならない。
そもそも、南洋王国とて他の国と大差なく多くの人が行き交う地だ。行商と共に入国する魔法使いなど普通に多すぎて、日常に退屈しているほどの暇人でも無ければ、魔法使いのひとりやふたり監視もしないものだろう。
プライバシーの侵害だとして訴えられるのも面倒な話だ。
しかも、南洋王国は今、国内の敵『海賊』と国外の敵『魔王水軍』と二面攻守の真っ最中だ。
「おや、知らない? これは困った」
魔人が天井を仰いでいる。
「その魔法使いは何を?」
大臣が気になったので訪ねてみた。
魔人の視線がちらっと動く。
「回復魔法しか唱えられないという変わった者ですけどね...我が国の巻物を返却しないまま陣を離れたので、回収しようと思ったわけですよ。で、あなたに会うために」
こんな分かり易い騒動を起こしたと白状した。
だが、彼らのメリットは少ない気がした。もっと重要な何かを奥歯に何かモノが挟まったような物言いで明らかにできないストーリーを感じる。大臣も喉に出かかっているが、適当な言葉を思いつかないまま、こんな回りくどい会話をしている状況だ。
「目的は理解したが、その巻物と魔法使いを貴殿に渡す保証はないが?」
大臣の率直な意見。
駆け引き抜きの言葉に――
「捕虜交換というのはどうでしょうかね?」
「捕虜?」
居るのかとさえ思った。
魔王軍の戦いは効率的に相手を無力化している。
挑発し、誘導して身動きの取れなくなった部隊を各個に撃破して回るような戦い方が特徴的だ。あちらの損害は軽微で、こちらの損害は甚大。これまでも編成された水上兵力は、ことごとく海の藻屑と消えた。隣国の同じ海洋国家もやや、五分といった損害で二割程度の戦果で『魔王水軍を撃退』と宣伝するにとどめている。
現時点で、魔王水軍が南方作戦を本格化させていないから、辛うじて呼吸できているだけの状態だ。
兵も船も足りない状態で、捕虜がかえって来るのならば急場でも体裁だけは整えられる。
願っても無い話に。
いや、そもそも中欧の大国連中が本気で軍を送ってくれればこの兵力問題は少し改善する。
金と食料だけで兵が送られてこない現実。そして、評議会は英雄さえも手元に置き始めた結果、各地で拮抗した戦力バランスがやや傾きつつある。
「無論、こちらも無駄飯喰らいの人間・亜人は損でしかない。これを政治的な理由で手放せるのであれば――というものですよ」
「何人、でしょうか」
「人数ですか? そうですね、収容所が悲鳴をあげてますから30万人くらいでしょうかね?」
と、魔人は涼やかに答えている。
送り込んだ4分の1ほどの兵数だが、掻き集めても現状30万人は難しい。
新兵の多い現在の動員兵と無理に数合わせで考えれば、体裁でも50万人くらいの兵数を確保できる。
兵力では無く、兵数としてだ。
「で、お探しのは」
「灰色の修道士と名乗っている魔法使いです」




