-158話 北海の狼 ②-
「船がきたぞー!!」
突き出した岬にある灯台から、拡声器で浜にて作業している人影に告げる声が上がる。
聞こえた者たちだけが、頭を霧の濃い海側へ向けた。
それ以外は、彼らが向いたから見た、という雰囲気だ。
「なんだいアレは、随分と不格好、いや、不安定な揺れをする」
ひとりが呟くと、次々に思いの言葉をつぶやき始める。
「知ってるかい?」
「何をだ...」
「ここから少し南の――カルタラっていう港で、新造艦のお披露目っちゅうのがあったって話だ。で、いよいよ進水式だという時、事件が起きた! こいつは、“サレマンの白い塔”が各国に自慢する為に建造した、所謂、国威発揚目的のガレオンという船だった訳だ」
男は、指を天上に向かって、突き刺す仕草をする。
「北の海で造った船だ。技師は、優秀な奴だったって話だが、賢者さまが良くなかった...吃水は5mを少し超え、1層の砲列甲板で就航する筈だった船は、急遽、2層で増設変更ときたぁ! 要するにアレだ、見栄なんか張るなって話だぜ、おい」
「で、その船は海でどうなったよ?」
「ああ、浮いたさ。浮くには浮いたが、1段高くなったからよー、マストも何もかもが予想以上に聳えちまって、帆走の突風をまともに受けちまったら、ドボンさ。ありゃあ、見てて開いた口が塞がらないってもんだったね...。尻がデカいかーちゃんくらいの安定感がねえとよ、でけぇー乳房を支えられないって感じの話さ」
「ほう、そういうもんかね」
受けてが、再び港に入港してくる船影に目を向けた。
入り江の入り口に停泊した船は、帝国の旗を風に靡かせていた。
「そうか、アレが...ガレオンかい」
金槌を握った腕を組み、鼻からすーっと息を深く吐く。
「まあ、よくも頼りねえなあ、オイ...」
◆
「そいつはよ、腰が据わってねえんだよ」
酒場で管をまく造船技師がいる。
入り江のガレオンに向けられた言葉だ。
「でよ、こいつが波に煽られながら、右へヨタヨタ、左へヨタヨタってな具合で揺れるのを見てるとよお。俺からしたら、ハラハラドキドキでよ、もう何だ、恐くて仕方ないって...」
「おやっさん、呑み過ぎですよ?」
カウンター越しから声が掛かる。
酒場の店主も飲みっぷりのいい親方はすきだったが、管を巻くのは放っておけない。
そもそもの理由が――
王宮のひと間に集められた技師らを前に、帝国の使者が鼻息荒くふんぞり返っていた。
「なんでぇ、今更、俺たちが帝国の船なんざ、模倣しなくちゃならないんでぇ?!」
「いやさ、百歩も千歩さえも譲りますがね? 何だって貴重な木材を帝国に供出するんでえ!」
職人たちの憤りは、すぐに沸点へ到達した。
寒い国だが、そこに住む人々も寒いわけではない。
「冗談じゃねえや、あんなノッポい船で北海を奔れ回れるかい!!」
使者が如何にも意地の悪そうな相を浮かべ。
「だが、現に我らはここに居る」
と、挑発する。
だが、僚艦の4隻が到着までに、沈没してしまったのは事実だ。
強い突風が不規則に流れ込んでくる。
傾いたら、復元する前に別の風で押し倒されてしまうを繰り返して、這う這うの体で漸くこの入り江に辿り着いたのだ。帝国のガレオンは、快速性に富むシャープな船体を持つが故に、穏やかな海が条件になる。
旧き神々の海、或いは、黒き海といった地域だ。
現在、急ピッチで復元性の研究開発が為されている。
その為の布石として、ベルク人の造船技術を習得するための交流が持たれた。
最後に残った使者が彼であったのは、帝国にとって不幸でしかない。
「嫌だね、お断りだ! とっとと自分の国にけぇーれや!!」
「おおさ、俺たちは帝国の温情を受けてやしないし、この海でドンパチやりたけりゃ、とっとと戻って伝えて来い! 俺らは戦うぜ!!」
と、啖呵まで切っている始末。
その横で聞いていた王様まで、瞼を閉じて首を左右に振っている。
「皆の言い分も分かる。ここは助け合いと――」
「そんな事たあ、俺らの知らんことです」
「いやいや」
「王様も気に食わんのでしょ?! 帝国の物の頼み方、礼儀っちゅうもんを知らなすぎる!」
収拾の付けられない職人たちの憤り。
だが、冷静にベルク人の王は、彼らを宥める。
「彼らも命がけでやって来た。そこは、同じ海で生きている者として汲んでやろう。我らの地へ至るまでに僚艦4隻、同胞・友人と数千人もの代償を払って来た。これには哀悼の意を捧げて罰など受けぬであろう?」
「この航海で、俺は友人など失って居らん」
と、余計な事を呟く使者。
彼の呟きに睨み返す、王様があった。
「余計な口は閉じてろ!! このクズがっ」
「別に帝国のガレオンで無くては、ならんという事も無いだろう」
王様の裏で――『馬鹿か? 帝国が使うのだ! お前らのレベルでガレオンを造るな、田舎者が!!』――と愚痴っているが、これらを無視し続けた。
「この海に適した船体で、帝国が欲する戦闘力を我らが作る! 分からせてやろう、北には、敵に回すと厄介な狼が居るという事を!!」
職人たちが吠えている。
使者がその様を見て『単純な奴らだ』と零していたが、彼の言葉は誰も聞いていなかった。
そうしたやり取りが昼間にあって、酒場に転がり込んできたのは、そのすぐ後の事だ。
王様には、皆で各々が啖呵を切って鼻息荒く部屋を飛び出したが、ビジョンが見えていない。
で、各人浜に行って帝国の“ガレオン”を眺めて、深く溜息を吐いた。
〝あんなのを造れってのか? 見本があれじゃあなあ〟
と、口々に呟いて、家路へ足を向けた。
が、国一番の造船技師である親方は、家に帰っても居候の冒険者しかいない。
こいつが妙齢の艶っぽい女なら、剛力づくで押し倒して、俺の金槌で突きまくってやらんでもない――と、カウンターで叫ぶのが通例だ。
叫ばれてると知らない、冒険者が酒場に親方を回収する――これもここ最近の出来事になりつつある。
自らの設計で砕氷船を造り、氷が世界を閉ざしているという、極寒の地を探検する壮大な夢を語る若い技師は、ボーイッシュな女の子だ。
お爺ちゃんと孫娘という関係になりつつある。
ただ、その爺ちゃんが彼女に向ける、指向は正常ではない。
「大変だね、この親方、悪い奴じゃないんだが」
「分かってます。訪ねて来たのがこんな...とっぽいのでガッカリってことは」
と、少女が寂しそうな相を浮かべる。
親方の性癖、隠されずに全開という状況を知る――酒場の全員が、親方へ敵意を向けた瞬間だ。
「ほ、ほう...このクズ親方が...」
「でも、私がしっかり技術を習得すれば、きっと親方に『あいつはいい弟子だった』って記憶に残ると思って、いつも頑張ってるんです!! だから、ごめんなさい...今日も、呑み代はツケでお願いします」
赤い髪が上下に揺れている。
彼女が必死に、お願いしているさまだ。
「いいや、いいって...お嬢ちゃんが頭を下げるとこじゃない。このろくでなしが俺らに誤れば済む話さ」
「ありがとうございます」
「じゃ、親方を回収していきますね!」
と、彼女は筋骨隆々のおっさんひとりを軽々と持ち上げ、外へ向かう。
酔いつぶれている親方を、戸口に数度ぶつけ乍らの回収。
「いつみても、豪快に運び出すねえ、あの嬢ちゃんも...しかも、親方への扱いも雑だが、可哀そうになるぐらい瘤造らせる辺りは、大方、何を言われてるか知ってるクチかい、ありゃあ?」
「だとしたら、何度死にかけてるんだ親方は」
「や、自業自得だろ...これで、商売女んとこで回収されたら、即...」
「おいおい、親方を勝手に殺すなよ」
渇いた苦笑が酒場に響いた。




