- C 801話 鬼将 河州王の野望 1 -
河州王は、陸軍の電撃的な大陸戦争開始前には、台州にあった。
例えば駐在武官で派遣されてたとか、或いは租界の東洋王国街の治安維持軍にその席があったとかではなく、プライベートな用向きってな雰囲気で――斜めに被った中折れ帽子、当時は冬が来てて白いものがちらちらと、降る空だったから。
厚手のウール仕立てな外套を着こんでた、訳で。
見た目は、租界の裏社会みたいな雰囲気。
いや、そんな噂もあった。
台州のギャングたちからも一目置かれた、鬼将軍。
丸いサングラスの奥から、ひと睨みでもされたならば――翌週には埠頭にいくつものゴミ袋の中に、ボディーパーツが入ってたとか言われたものである。
各国の諜報員も不用意に背が向けられなかった、とか。
「そりゃ、大袈裟な噂話だね」
記者を前に、河州王が苦笑している。
女性みたいな仕草だなあと思う。
世の女性よりも、お淑やかな雰囲気がある。
こういう仕草で相手の懐に入るんだけど。
親王が軍服を着たら、泉州王に並ぶ王国双肩のひとりだってことで。
滅茶苦茶、怖い。
「あ、お茶飲んで。冷めてしまう...これはね、台州土産なんだよ」
北天の“蜀”公から都合付けて貰った緑茶だという。
香りが強く、やや苦みがあるらしいんだけど。
「自然と、心が落ち着く感じがするんだよ」
「――で、なぜ? 大陸に」
そう。
大陸に進出草案は、机上演習で幾度も試行された。
正攻法や絡め手も含めれば、年単位でずっと考えられてたけど。
そもそも決め手に欠けてたのだ。
北天軍がその気になれば第一陣となる戦力は、職業軍人だけで30万人が海岸線に広く展開する。
南遼や北遼に兵力を集中し始めただけで国境線には、南北の5倍ちかい兵力が展開されてただろう。
要するに東洋王国の近代化が、まったくとして進んでいなかったのが大きい。
◇
河州王は香りを聞きながら。
湯飲み茶わんの蓋を閉じた。
「そうだねえ、ひとつは戦争の終わらせ方の模索かな」
始めても居ないのに、終わらせ方を考える。
記者が首を傾げた。
「そんなに変な事かな?」
蓋が温かくなる。
「多少は」
短く切ったけど、記者は鉛筆の先を何度も舐めてた。
その言葉だけでネタが貰えると信じてた。
「城州王が面白い人材の発掘に成功してねえ」
聖櫃騎士団らの事だ。
王国内でも“白服”と元帥府は一蓮托生という見方が広まりつつある。
「彼らが持ち込んだ技術により、我が国の工業力は7、8年先の未来を手に入れた。その後も多くの優秀な人材が見出されて、さながらナーロッパ地域で起きた“産業革命”のような活気を得るに至った。...ふっ、まだ粗削りだったろう、戦車という機動兵器によって戦争が始まった」
それは大本営発表と大差ない。
大陸で結んだ条約と、同じ掌でくるっと翻したカリマンタン島攻防戦。
ダブルスタンダードにした理由は何?!
「大陸戦争は長引くとこちらに不利だからねえ」
太い下唇を摘みながら、
卓上の端に視線を落とす親王がある。
なんと言うか、艶のある仕草で。