- C 769話 マリアナ群島 追撃戦 9 -
「あらら」
わりと情に厚いと知る。
黒蜘蛛のプロフィールを眺めて、少女はこくりと頷く。
「それ、こちらで確保いたしましょう。幸い、みなさん本国勤務ではない模様ですし...」
かっと見開く黒蜘蛛。
いや、冷静さを取り戻して、鼻を鳴らした。
「確かに個体性能が高く、本国で遊ばせるには惜しい人材ではあるだろう。が、だからと言ってボクを陸諜に留まらせる為にとった人質を? 前線で使ってるのか」
バカだろそれって声が漏れる。
不知火の方は、首を小刻みに振ってた。
スパイの養成には金が掛かる。
試験管ベイビーなら猶更だろう。
黒蜘蛛から優秀な個体を作り出す計画――成功したのだ。
そんな個体が複数いるなら、遊ばせる気はない。
「ほら、お友達は組織を分かっている」
黒蜘蛛は、キツイ視線を不知火に向けた。
いままで一緒に居ただろう。
そんな演技をする必要はない。
もっとも、自身がよく分かってる筈だし。
「そうそう、これはお約束して頂くための前金のような...もの。先の南カリマンタン島での一件、そちらの手駒がひとつ、失われたのではないかと察します。共和国の可愛らしい子犬たちが、遊び疲れた様子でしたので、ね。遊び道具の方は回収させてもらいました」
「それが、何だという!!」
ちょっと逆鱗にふれたかも。
でも感情が残ってるのなら。
「共和国には禁断の技術があるようでしてね、ま。黒蜘蛛さんのように優秀な個体を試験管でではなく、魂の転写を行えば、優秀な個体が復活するという話です。あ、これ企業秘密ですので他言なさらぬよう......で、私たちも似たことが出来ると言えば? ご理解は早いですか」
ご理解も何も、黒蜘蛛の顔にぱっと光が差す。
死んだ子が蘇るという。
「ランディにまた会える?!!」
「ええ、今はリハビリ中ですね。うちの義兄さまが付きっきりの稽古もつけられています」
稽古?
まさか、変態にするための。
「ランディは素直でいい子なんだから!!」
「ですから、ご本人。口も満足に回らぬ頃、絞り出すようにこう請願したんです『姉弟たちにも負けない腕と知識と力が欲しい』と。私たちが“甲我衆”だと理解した上で、頼まれたのだと理解致しました。...これも何かの縁ですし、私たちもタダというのは少し...。欲張り過ぎと言うか、彼女の心に枷を掛けてしまいますから、使えるよう鍛え直して差し上げようかと」
スパイとしての技術は、他の個体と比べると劣ってるところがあった。
親の目からすれば、クローンであれ可愛い我が子。
スパイに成れなくてもと思った事がある。
当時の黒蜘蛛に突きつけられたのは、
“使えない”個体はリソースに戻すという決断。
陸諜開発部の見解で、組織全体意見はちょっと違った。
仮に全体の意思が聞ける立場にあれば、彼女も鬼には成らなかっただろう。
「どうしますか?」
「受けよう」