- C 762話 マリアナ群島 追撃戦 2 -
「ちょ、鳴ってますよ!! 大佐殿!!!」
異変に気が付いて、下のデッキを磨いてた水兵が飛び込んできた。
激しい橙色の明滅。
聞き取れない雑音。
空虚の中に混じる、泉州王という名。
あ、これ聞き間違いなんよ。
泥酔している白服にはそう聞こえたらしい。
まあ、彼の中ではどう感じてもチカチカ、ぐにゃぐにゃな世界だった筈だ。
そんな訳で反省点だけが、膨らんでいく。
何せ、呼び出しである明滅が、ティンカーベルに見えてたんだし。
そんな話が戦友らに出来るわけもなく。
座乗している戦艦にある、船医のカウンセリングに通う日々。
「俺の毛が、また抜けまして」
「ああ、それね。冬毛から夏毛に代わる時期だろ? 安心しなさい、円形脱毛はしていない。むしろ、ブラッシングと蚤取りなんかを獣医に尋ねた方がいい」
なんてやり取りも、あったような。
◆
さて偵察艦隊だけども。
後方に置いた中継艦を通して、本隊に連絡はした。
丁度、どんちゃん騒ぎ中の艦隊にであるが。
いや、そもそも。
偵察艦隊がそんなことを知る筈もない。
無線は届くが、
無線が戻ってくる気配がない。
中継艦が拿捕されたからだが。
あの雑音にまみれた聞き取りにくい“緊急信号”がそれだ。
「誘われて来てみれば、中継艦とは面白い」
薄汚れたシャツにをたぐしあげて、腹の肉を掻く男。
下顎から立派な牙が生えた、ワニ顔。
角は無し。
「上空の友軍機より、逃走艦の狙撃は完了したと」
数キロ先の話だろう。
黒い闇の向こう側に、灼けた空があるように見える。
降り注ぐ曳光弾雨も恐怖だったけども。
海が燃えるのも鳥肌が立つ。
「それ海風が沁みるんじゃ?」
「それも感傷的だよな? オラぁには、そんな詩的感情はねぇよ。...っ、まあ。あれだ、久しぶりのシャバの空気だきゃんよ、いっぺい食って呑んで、そんで屁でもひねぃてえ気分だった、そんな話をだな」
言ってる傍から強烈なガスが撒かれた。
戦友たち、部下からは「親分がマスタードガスを撒きやがった!!!!」ってな大騒ぎで、被ってた軍帽を扇よろしく左右に、上下に叩いてた。
駆逐艦の捕虜たちも、
「目がーッ!!!」
「息が、喉が灼けるぅー!!!」
と、息もぴったり。
やはり、ノリは大事だよ。
◇
さて。
“湖の乙女”号にカメラが戻る頃。
ソナー士より、
「スクリュー音多数、四方からです!!」
なんていう絶望的なお知らせに、だ。
皆が頭を抱えてた。
で、
続いて、通信手の手が挙がる。
「聖櫃暗号により短いメッセージが!」
ざわつく発令所内。
いつも以上にふんぞり返る、ハナ姉――内心ではかなり焦ってる。
「ふふ、わたしの声が届いたな!」
意味深なことを呟いたけど。
これは彼女にとっての賭けだった。