-152話 魔王海軍の事情-
世界の帆船技術は、丁度16世紀の後半頃に似ている。
魔王軍のこれまでの建造技術では、大型船といって建造できたのは恐らく“ダウ”と呼ばれた、2本マストの帆船だろう。大きな三角帆を用いた船で、外洋向きの船体と小回りの効いた大きさから、水棲魔物たちが中心になって可愛らしい水軍を編成していた。
これらは未だ、部族ごとの参加でしかなく、統一された軍隊の体を成していない。
族長会議を経て、各々が持ち帰って取り分を決める方法だった。
しかし、王冠興業が関わる少し前の話に遡る。
魔王軍に単身で乗り込んだ、冒険者があったという話だ。
もっとも乗り込んだというよりも、不時着したか或いは綺羅星のごとく落ちたて来たというべきか。
つまり、魔王が度肝を抜かれるような、登場で現れた冒険者が水軍構想を提唱したという。
提唱からの着手は早く、魔王の信任を得て水棲魔族と魔獣だけで新たな軍隊を作っていくのだ。
着手と同時期に王冠興業も、落ちて来た冒険者のリサーチによって招聘された。
そもそも、宙ぶらりんだった彼らにとっては、願っても無い話だった。
所謂、“衣食住”タダ、諸経費はあがる領地の税収で賄える。
好きな仕事を、好きなだけ没頭できる環境の提供。
こんな職場は滅多にない。
ただし、成果は求められる。
結果こそすべて――実力至上主義ではあるものの、出来高制はクリエイティブな職業の入り口に過ぎない。魔王軍は、環境を用意してくれた。一応の身分もあって、成果もそこそこ挙げていれば、取って食われる心配もなさそうだと。
気を楽に研究と開発に没頭し、今がある。
戦闘向きの重ガレオンは、帝国の海軍工廠へ潜入して得た設計模型を基に手探りで建造した船だ。
先のマーゲスト海戦で事前の密告が無ければ、待ち伏せで不意を突く作戦も、成功しなかったと王冠興業側は、分析していた。模型から得た技術の片鱗を模写しながら、吸収し船体に反映したつもりでいる。
しかし、実際に戦闘となると、未だ未開な部分は多く心許ない。
できれば実物である帝国の船を、鹵獲したいというのが本音だ。
この要望は、海軍へ上げてある。
が、色よい返事はまだ帰ってこない。
《できれば、跡目争いなんてのが興る前に、手に入ればいいのだがな》
クラン長の目が細くなる。
西日が沁みる訳じゃない。
この先の不安が表皮をチクチクと、痛みを感じさせているのだ。
◆
「いいか。船といえども、これらはアイテムだ!」
訓練用キャラックの前で、腕を腰に当てて吠えている影がある。
半魚人の男だ。
胸筋の張りもさることながら、太い腕や強面の顔は如何にも、出来る男を映し出している。
「アイテムというのは、いろいろあるが...一番、分かり易いのは“耐久”だ!!」
「剣や斧でも、“切れ味”や“丈夫さ”が数値化して見えるだろう。ま、こういうのは便利でいいな」
咳払いが聞こえる。
ヒヨコどもの後方にもっと、強面の男がある。
恐らくは彼の上司という感じだろうか、恫喝にも似た睨みが、或いは凄みを飛ばして、教官がたじろいでいる。
「あ、まあ――防具にも“耐久”があるだろ? これらは鍛冶屋に修理の注文を出して、再度、鍛え直してもらう事で使用期間を長く保つ事が出来る。“耐久”がゼロになれば、当然、アイテムは壊れて“鉄屑”扱いだ。ま、その屑も鍛冶屋がインゴットにするから、全くの屑ではないがな」
と、言い終えてから目線をすっと、後方へ向けた。
恐らく、流し目の対象が上司だったから『クズは、お前だ!バカ者がっ』という覇気が向けられたのだろう。
教官の表情が硬くなってしまっている。
「今、俺の後ろに浮いている船も、作られたその時点から、使用期限まで待ったナシのカウントダウンが始まっている。最初にも言ったが、船はアイテムだ! 使いこなせばいつかは解体か、或いは修繕して使い倒す消耗品だ。だから、諸君らはその貴重なアイテムを前に感謝と敬意をもって応えて欲しい!! 船は我が家と呼べる立派な水軍兵に成長してくれ...以上だ」
と、教官は訓練兵に、乗船口を解放した。
百数十名の訓練兵が乗り込んでいく。
「分かってます。彼らは、水軍の次世代を担う原石です」
教官の肩を、無言で叩く上司。
「あ、あと...今回は、キャラベルではなくキャラックを用意してくださり...感謝しています」
図体が大きな半魚人の目の前に居るのは、もっと大きな体をしていた。
種別では恐らく、ホオジロザメっぽい魔獣出身か。
「たまたまだ...上層部では、輸送でも軽ガレオンを中心とした、船種で統一したいという意向がある。俺としては、キャラックの輸送力もキャラベルの軽快性も、すべて捨て難いしそれぞれの特徴を生徒たちに教えておく必要があると思っている」
「はい、御尤もです」
「だがな、上の連中は海軍が未だ、新しい組織だというのを失念している。ベテランが席を空けるのは有事以前なら、20年、30年先だろう。だが、有事となれば...直ぐだ! その時までにどんな船でも操船できる兵士を育てておかないと早急に苦しくなるのは必然だ」
項垂れる鮫の魔獣。
「船はアイテムでも構わないが、我らはそれでは困る」
「はい、その通りです」
船上ではしゃぐ声に、ふたりが頭を向ける。
「無事にこいつらの訓練が、終わるといいな...教官」
「あ、はい」




