- C 731話 王都脱出 1 -
泉州王に手を引かれた総長らは、王都の下水にあった。
もう少し地下を進めば、貧民街から地上に戻ると告げてあった。
「なぜ、地上へ?」
「あ、いや。このままでは匂いが体に染みつくだろう? 女性にそれは、うん、良くないだろうなあという私の勘だ。...私はこの街が発展するのと時を同じよう、重ねてきた者だから。――この香りは嫌いではない。ま、好ましいとも思えんが、鼻が曲がるほどの汚泥のソレも我が国なのだと...知っているものだから」
総長を見る。
華奢な身体に、肌の白さ。
髪は手入れされた艶のある長髪である。
「これは、後宮で椿油を」
普段は殆ど手入れをしないと断った。
「だが、それでも大事にされてるだろ?」
名は?と、問う。
後宮では“ひじり姫”と呼ばれてたけど。
「メルリヌス...」
少し儚げな笑みを浮かべる。
その意図に親王は即座に応え、
「ほう、マーリンか」
◇
親王の言葉通りに、下水道の出口は貧民街に繋がってた。
メルリヌスは不思議そうな表情だ。
泉州王と言えば、現女王の甥? 叔母?にあたり。
貴族連中の中でも最高位の冠位を持つ人物だが、同時に男女の色事にふしだらなんて悪い話も。
「うむ、確かにすべて事実だから不潔だと、罵られても...うん。仕方のないことだな」
烏たちは、そんな親王を慰め始める。
なんだろう慕われてるのかな。
「不思議ですね!!」
「そうかい?」
だって、貴族たちは疎ましく思ってる。
いや、もっと言えば失脚してましめばいいとか思ってる。
だから自然に蔭口が出る。
「摂家を差し置けば、今のところ元帥府を取り上げられた...ただの正一品の大都督、左将軍にして“金色の魚符”を持つ禁軍の長、公爵の老害といったところか。長く軍権を手放さなかったから、酷く恨みを買ったもんだろうなあ...」
って暢気に嗤ってた。
これが空笑いだとは気が付かなかったけど、魚符の返上は都度、迫られてた。
泉州王が持つにいたるのは、彼女が姪っ子を裏切らない性格だったから。
太皇后(=女王の母親)、彼女の姉も後ろ盾になってくれてた数百年――そんな強い家族の絆に綻びが生じた。
聖櫃から白服組を受け入れてからだけど。
「だからって君を恨むのは筋違いさ」
貧民街の人々は、親王だと理解すると素早くトタン屋根の家屋内に匿ってくれる。
見回りの兵士たち相手に、のらりくらりといなす様も驚くべきこと。
「確かに白服の介入によって陰と陽の環境の変化はあったろう。だがしかし、それまでも暴発寸前だった状況を見れば、だ。誰かが何かしなかったら、後宮府に飛び火して、皇子たちに母の断頭台を見せていたかもしれない。或いは...」
メルリヌスが制止した。
そんな怖い事を考えないで欲しいと、懇願。
少なくとも、人質だったかもしれないけども、後宮では常に気を掛けて優しくしてくれた人々だ。
ただ、皇子の妻に成れと言われた時は貞操の危機を本気で感じたらしい。
「いや、なんか...ごめんね」
「いえ、」
もう過ぎたる事。