-148話 エイセル王国-
エイセル王国は、大陸の端っこにある国だ。
北は、リール湾でデプセン公国と国境を分かち、南は、フリートワール河が境となって国を形作っていた。
魔王軍の侵攻を赦したのは、海岸線の単純な造りからだったからだ。
南北に約120kmにも及ぶ、砂浜を持つ稀有な地形だった為、真っ先に上陸指定地として狙われた。
これらの牽制に、デプセン公国とノルド・ホランス共和国へ同時攻撃が行われ、隣接する三国の連携を阻んだのである。
同国は、森の多い国でもあるが、基本的には緩やかに平地で、あちこちに湿地も多い。
水源豊かな土地だともいえる。
開戦前までの王国の在り方は、内政に熱心な若い王が台頭していた。
歳の頃は17歳あたりの青年で、聡明だが線の細い印象のカイワレみたいな人物だったようだ。
先王より仕えた、忠臣たちに恵まれて善政を敷くこと5年になる。
国内の雰囲気は、美しい海岸線を望む水の都・西の旧王都“ノートルバイデン”を筆頭に、半島にあるアナ砦、南のデルフトライデン軍港などの主要都市があった。それぞれは歴史もあり、地域の観光スポットでもあって旅行客も多かった。
中央の方は、湿原地帯の水はけの悪さがたたり、大きな街は少ない。
旧い要塞としてディフェンダー城というのがあって、この周辺には整備された城壁が遺されてあった。これらは、旧王都ノートルバイデンの境に築城された防衛機構で、整備された城壁は、付近を流れるロアーアイセル川を挟んだ内側に建設されていた。
ロアーアイセル川は、その源流をフリートワール河とし、ディフェンダー城の傍を流れて王国の海“ウルク湾”に注がれている。川幅は100mと少し長く、流れは緩やかだ。
水位はそれほど高くはないものの、深いところでは大人の胸の高さまである。
結果、大層な橋が必要になる河川である。
ディフェンダー城周辺には、点在する小さな町がある。
どれもが似たような造りの小さな町や村だが、同城の東にラーレンという街がある。
南北に約400mほどの細長い形状をした規模で1000人ちょっとが住んでいる。
産業は、稲作の農業としているが、狩猟も少々熟していた。
本街道からは少し反れるので、やや忘れがちになる。ただし、ウォルフ・スノー王国からノルド・ホランス北部へ抜ける際には、近道というか抜け道、或いは裏道という認識で使用されることがある、道の近くの町と覚えるとよい。
さて、次にその中央から東の国境付近に目を移そう。
新王都は、エイセル王国の北部に作られた、ローデンノルグ城塞都市だ。
この街は、もともと数km程度しか離れていない街を吸収して、ひとつの都市にした。
その都市間を繋ぐパイプみたいな構造が王城という防衛機構である。これが、更に堅固にして強力な城壁を造り、全長20km長の巨大都市になり、全周約60km超を越える城壁を持つにいたる。
あまりに大きな城だった為に、魔王軍の攻略目標となってしまい想定の年にも満たない半年で陥落してしまった。
造園したり、造成したりと、内部構造はまだ建設途中だったことも悔やまれる。
北部の都市機構は、王都を中心に外向きに強い造りで建造されていったが、その殆どが城塞化する前の青紙でしか無かった。
所謂、計画段階だ。
土壌の関係上、北部は作りかけ、中央は小さな町と旧い施設が続いた。
東部は、絶対防衛戦線以降に急場で建設された砦が多い。
東部と北部の境にあった、アッサム砦は、常備兵5000人の規模だ。
その目の前に塹壕が掘られ、塹壕の周辺に多くの軍団が陣を張っていた。
国境の街・ハーレスエイメン都市要塞も要塞化されたのが、侵攻後になるので壁が急場だったのは、理解できるだろう。数万人の住民を逃がしつつ、戦線を維持した左翼将の将帥力は大したものかもしれない。
この街が包囲される切っ掛けとなった、スラブアメルロー要塞は、侵攻前から存在した。
星形の城壁と新兵器である大砲が備え付けられた軍事施設。
常備兵は1万人以上の他に予備役の2個師団が投入されており、その周辺ではかなりの纏まった正面兵力だったが、同城の南、いや正確には南東にある“ベーゼルメルロー”城が攻略されて、正面と側背を同時に攻撃された形になってしまった。
補給も退路も断たれてしまったことに寄る、四面楚歌――精神攻撃で陥落してしまった訳だ。
この辺りの侵攻速度は怒涛の勢いだ。
今までの魔王軍とは違う、“勢い”を重要視した軍団編成が為されていて、ひとつの城や厄介な都市を攻略すると、機動性の高い兵団が真っ先に橋頭保を確保していく。
また再び、城や都市の攻略をじっくりと取り掛かる兵団へと変化しているのだ。
ラーレンに現れた、魔狼族と赤いレザーベストの女性も、そのあたりの機動性豊かな兵団のひとつだろうと予測できた。ただし、マルにはその赤いレザーベストを『お祖母ちゃん』と呼んだ、叫んでしまった問題がある。
◆
「姫さま」
斥候が心配そうに見下ろしている。
「目を見せてください...ふむ、変な色じゃ無いですよね? 奇麗なルビーアイですね」
と、彼女の目を勝手に覗き込んでいる。
「ちょ、もう」
マルは、酷く嫌がった。
目を固く瞑って、頭をぶんぶん横に振っている。
「何、するんだよ!!」
「だって、目の前の敵兵みて“お祖母ちゃん”は無いでしょ、“お祖母ちゃん”は!」
斥候の腕の中から、マルが戦士側に逃げ込んでいる。
「ほら、こっちに戻ってきなさい」
斥候が逃げたマルを誘っている。
「っべー!! 目を触るからヤダもん」
「った! 戦士は隙あらば、姫さまのおっぱい揉む気何だから、危ないからこっちへ、ほら!」
「え?! そ、そうなの??」
マルがよろけながら、逃げ込んだ先の戦士を仰ぎ見ている。
「ば、バカ野郎! 俺がそんな真似をするか!!」
「あれ? 野伏だっけ? 姫様のちっぱいが好物っての?」
「あ゛」
「バカか、お前は!!」
斥候へ憎しみに似た、三白眼が向けられている。




