- C 690話 悪役令嬢の進撃 20 -
シリンダーの中に浮かぶ“おっさん”は自身の死を覚悟してた。
遅延性のウイルス感染は致命的ではない。
ボクたちと談笑しているうちに中和に成功し、アナウンスでも『コンピュータウイルスの耐性強化』を獲得したって流れてた。が、同時に備蓄してたリソースの半分を、この耐毒性スキル取得に傾けてしまったようなのだ。
これは無意識にだ。
その御蔭で、アナウンスからはもう一つ、大事なことが告げられた。
『世界を変革する特異点を失った』と。
つまり、強烈な死の体験で作り出された“感情”を糧に、充填してきた魔力が無くなった。
聖櫃曰くの“世界の反転”だけども。
その失敗が告げられた。
けども、シリンダーの中の自称“神”は誇らしげに嗤う。
「ああ、これで静かに眠れる」
そんな言葉をつぶやいてた。
電気の放流が聞こえる。
体感的には“バチバチ”って感じので、火元は消したけど。
そもそもの方は、ね。
両手斧が刺さったままの箇所――火が上がる事は今のところはないけども、考えてみよう。シリンダーの中の人に、電算機が計算力の一部を使わせてくれている...そもそも何故、自死を覚悟したのかと。
アナウンスが頭の中に流れる。
生命維持装置の電力供給が立たれました、続いて蓄電池からの供給に切り替えます、と。
シリンダーを回転させて、斧を見る。
「いいとこ刺さってんなあ、あのバカ娘が」
人らしく毒吐いた。
念動力を使って、物を浮かすことは可能だ。
自己メンテナンス用のスキルだったが、力の強弱なんてレベルでなく深く食い込んだ斧。
「...っ、く、抜けない」
試さなかった事はない。
いっそ、エサ子に頼んで抜いて貰えばよかったが。
いや、彼女なら『ヤダ』って返事してた。
こじらすとその場で、仰向けに駄々を捏ね始める面倒さ。
いつか前の“魔界朝市”でも。
おばけサザエの壺焼きが食べたいという事で、駄々を捏ねた。
その場をぐるぐるとみっともない醜態を。
だめだ、ボクの精神が侵される。
「アナウンスさん?」
返事はないけど、耳を傾けている様子。
「我、いや、この遺跡の寿命は?」
『...すでに崩壊の危機にあります』
あの間はなんだったのか。
いや、必要ないか。
「そっか...施設的にも...無事なコトはないか」
やっぱり諦めた。
◆
アロガンスの操縦で8輪式のゴーレム装甲車が悪路を走破していく。
何でもない訳じゃない。
操縦席以外の部屋は、縦横に揺れる中でめちゃくちゃだ。
物騒な火器や武器は固定されてあるから無事だけど。
「待ってろ!! ウナ子ぉぉぉぉぉ」
俺の女ぁー!!てのが口の中を噛んでまで吠えた言葉だったようだ。