-145話 家族会議-
「魔王勢力圏へ? 正気か」
人狼族の戦士が、野伏に問うた。
おどけた様子の野伏は、手のひらを擦り合わせながら。
「悪い話じゃないぞ、商用目的と最前線の兵隊さんへ奉仕活動する――っつう大儀名文が立ってだな」
「奉仕活動の内容は?」
斥候がみっつのグラスと、ワインを片手にリビングへ歩を向けた。
「まあ、いろいろあるが...俺たちとしては、食料供給あたりが得意ってところか」
野伏がもともとハンターでもある為、その手の調達は造作もないことだろう。
斥候も、似たような働きが出来ない事もない。腕がいいかは別だが、目がいいから獲物を見つけて、野伏に知らせれば、百発百中といったところか。戦士は、頑丈なだけが取り柄だ。まあ、最前線なら何か傭兵のような働き口もあるだろう。
「俺たちは一応、男やもめの子連れ狼なんだが?」
「上手い! ワインを飲め!!」
爆笑している斥候を無視する戦士。
「他の奉仕は?」
「まあ、慰安か? よくは知らんが」
「あ!」
「いや、姫さまを無事に脱出させるのが目的だ。多少の犠牲はだな」
野伏の目が泳ぐ。
戦士が激高し、円卓を蹴り上げた。
「貴様! 姫さまが貴重な治癒魔法を使われて、養っているアレをエサにする気か!?」
この怒鳴り声は、隣の部屋で寝ているふたりにも聞こえていた。
日々、性的暴行を受けている少女には恐怖の上塗りでしかない。
「おい! 人狼、これ以上この子を傷つけるな!! ボク、本気で怒るぞ!!!」
少女と共に戸口に立っている、マルの恫喝。
酒の肴を作っていた料理長が、2階に上がると、お通夜みたいな曇天のような空気に部屋が満たされていた。
翌日、臨時休業した店の2階では、緊急家族会議が開かれる。
議長は料理長だ。
朝飯を囲んでの会議となる。
「えっと、先ず俺から...」
野伏が、取りあえず展望という形で話を切り出した。
「このまま、この街から出ないという選択肢は、非常に不味いと思い、方々から情報を集めてみました」
「で?」
議長とマルの声が重なる。
マルが料理長と視線を交わし、彼女が頷いて主導権を渡す。
「検閲をスルーして、兎に角、街の外に出るには最前線へ行く、キャラバンに参加する方法が手っ取り早いようです。もっとも、必ずしも最前線へ行かなくても良いとの噂もあり...」
「噂って、急に怪しい話になるじゃねえか」
戦士が口を挟むと、料理長から咳払いと共に苦手なピーマンが皿の上に追加された。
「罰として、喰っておけ」
「ぷくくく...」
料理長の仕打ちを笑うマル。
彼女にも同様に苦手なインゲン豆が追加された。
「罰です、食べなさい!」
「あ...う゛...」
「で、信頼性は?」
料理長の問い。
野伏は、『五分か下回る』と告げる。
「不確かなのはいけませんね、キャラバンに如何ほどの兵士が同行するのか。これを早急に調べる必要があります。次に、少女の置かれている現状について、話してください。姫さまを通じてでも構いません...」
料理長の手元から、ベーコンがするりと彼女の更に置かれる。
カリカリっとした歯触りと、絶妙な塩加減は、料理長自慢のひとつ。
マルを含めた4人からヨダレが垂れる。
「わ、私...れ、レイプされました」
ぶわっと、涙があふれだした。
顔を皺くちゃに歪め、拳を握って卓上を何度も、何度も叩いて泣いた。
「う...む、これは深刻な話になった」
◆
上級生らは徒党を組んだ、街の不良少年だ。
私校でも札付きのワルで、目が合わないように過ごす生徒も多く、教員である牧師たちもお手上げな生徒だった。彼らが標的にしたのが、編入してきた少女で、真っ先にターゲットにされた。
最初は、単なる嫌がらせだった。
その都度、意に介さず行動すれば良かったのだが、彼女は持ち前の正義感でこれを真向から跳ね除けてしまった。自業自得ではあるものの、そればかりで彼女を責めることは出来ない。
そもそも、彼女は勇気ある行動を採っただけなのだから。
しかし、それが良くなかったのも事実。
嫌がらせは、いじめへと変化する。
もともと孤立していたから、余計に目立って孤立した。
こうなると、上級生のボス的存在の目に留まるようになる。
健気に抵抗を続ける直向きさが、仇になった瞬間だ。
棒切れを持って対峙する彼女と、数を揃えて来た不良少年らの死闘は、更にボス格の少年に好印象を残し、彼女が力尽きて膝を屈した頃合を見て、お持ち帰りしたという訳だ。
その後、まる1日ほど彼女は帰ってこなかった。
心配になった、マルらが街中を探して回った日と重なる。
その日以降、彼女の心が霞のかかった世界にただ、ひとりぽつんと立ちすくんでいる。
瞳には覇気がなく、生気も見えない虚ろなものへ。
私校へ行っても、教室へ行かず、旧校舎の一部屋にかの少年と1日を過ごす毎日が続いた。
約10日余りだ。
「私、もう...穢れて」
少女は、そういう呟きが多くなっていた。
◆
「なんだか、ヘビーな話ですね」
斥候が呟く。
「そういう... いや、親代わりとしちゃあ、これは教会に申し立てを」
戦士が席を立つと、ピーマンが2個増えた。
議長の料理長は自制を促す。
「親が出ると余計に拗れる。静観しろとも言わん! こういう場合の対処は適切ではないが、心の傷を抉らせる相手とは距離を取らせるのが、急務というところだろう。もっとも、この街にあっては何れにせよ」
料理長も複雑な心境だ。
「じゃ、早急にキャラバンに参加して、街を出る――っていう方向性で決まりでいいんじゃない?」
マルの言葉を野伏が遮る。
「いえ、今すぐに必要かと」
1階付近に人の気配がある。
何となく大勢いる雰囲気だ。
ここにエサ子が居れば、超感覚と索敵スキルで、正確な人数を知る事が出来ただろう。
「不良たちかな?」
「さあ、何れにせよ...襲撃される謂れは無いのですけどね」
「そう?」
怪訝そうにマルが呟いている。
 




