- C 679話 悪役令嬢の進撃 9 -
泉州王府の館に戻ったのは、疑似太陽が西の尾根にほとんど隠れてしまった頃になる。
地上の日没との差は、おそらく20分くらいだろうか。
王府の玄関口で倒れた親王。
なんの前触れもなく、どさって麻袋でも落としたような音だったし。
何よりも傍で守ってた従者の視界から、唐突に親王が消えたことには驚いた。
心労もあるだろうけども。
一番は、男娼不足。
まるで日課のように男の子を漁ってたから......
およそ、彼女にとっては初めての拷問。
いや、何度も体験した“死”よりも鮮烈な、苦しみだったに違いない...か。
とにかく、蟄居ってのが彼、いや。
彼女には堪えたようだ。
◇
それともう一つ。
泉州王から役職がひとつ消えた。
だって、自分ではどうしようも出来ないなんて、弱音を吐くから。
元帥府と私設軍隊の統帥権が手元から消えた。
権限は、親王の姉君――皇太后陛下へ移譲。
まあ、つまるところ。
後宮府・全宦官数千人の頂点に立つ、太鑑という人物に「仮」という形で貸与される。
もっとも、管理権のみ。
一応、東洋軍の面と変わらない勢力になってる訳なので。
一方は個人の軍隊だから――なんてのは建前で、通じはしない。
軍事力の行使ってのを行えば、宣戦布告もなしに政府は恥をかいて、政情は戦争状態へ突入する。
まったくとんでもない暴力装置を放置してきたものだ。
◆
さて。
“白服”こと、聖櫃の分派。
総長を差し出して、自分たちは『他人の褌で相撲を取ろうって』考えたバカ者たち。
彼らは、熱病を患ってた。
そういうことにしてある――現地採用で騎士爵を得た、海鬼族の青年は。
東洋に復讐を誓った元、南洋王国民。
いや、この復讐は自分自身のただの、逆恨みでしかない。
分かってる。
分かってるけど、東洋の市民もすべて良い人ばかりではない。
「如何なされたか?」
聖櫃とて一枚岩ではない。
総長と魔術師の理想や理念に共感して、手を取った者たちもあるし。
何か面白い事をしたいって考えた者。
或いは個人の復讐を成し遂げたいと考える者、だけど。
後者の方は、わりと少ないか。
だって、聖櫃の行動って...社会を転覆させるだけが目的じゃないから。
人々の意識の根底から、今、目に見える制度をひっくり返す。
大それ過ぎて言葉にもならない。
具体的にどうするの?
そこが問題。
総長曰く「わっかんないから、とりあえずぶっ壊す!!」と、アホな子だった。
魔術師は頭を抱えてたけど。
副総長のヴィヴィアンは爆笑。
初期の聖騎士らも失笑。
でも、憎めない。
「え、いいじゃんよ~」
総長に対する冷笑へ、顔を真っ赤にして反応する子。
そんな彼女だからこそ。
皆が思う『俺たちが支えなくちゃな』って。
「いや...」
海鬼族の青年だって、
個人の復讐心さえなければ――総長がムキになって転がりながら、怒り散らしてた姿が愛らしく思えてた。彼女を差し出して、取り入って、泉州王から錦魚符かっ攫って振りかざす事も無かった。
他の支持者は、
「「おお~し! 暴れるぞ~!!!」」
別の思惑が入り乱れてた。