- C 676話 悪役令嬢の進撃 6 -
男娼館での凡ミスは、御大仁が如く豪遊してたからだ。
木を隠すなら森の中――なんていうけども、親王のような女顔が隠れられるところは、そう多くは無い。まして都から出たこともない、箱入りの我儘な人であるから猶更に、見知らぬところへは絶対に行けないのだ。
寂しくなると、ボロボロ泣き出す癖があった。
故に、簡単に見つけ出せた。
背を丸めて小さくなった泉州王は、門柱にて蝉になってた時と同じ召し物で参内。
皇太后と謁見させられた。
「久方...でも、ありませんよね? 泉寧」
御簾の向こうに親王の姉がある。
口調は柔らかで、語気も優しく感じるけど。
これは身内だけにしかわからない棘。
「そ、そうですね」
口笛でも吹けたら、剛毅。
吹けれたら、だ。
平伏してて、背中に変な汗が出てる。
「泉寧?」
もう一度、名を呼ばれた。
実の妹に贈った名である。
◇
泉州王・泉寧親王が、皇太后の怪しい妹君の名だ。
かつて、彼女は親王ではなく公主殿下そのひとだった。
名をバズヴといい、海エルフ族の王族に連なる“戦乙女神”の名が贈られた。
快活で、才知に恵まれ周りの人々を明るくさせられる、そんな気質の少女だった。
皇太后との歳の差は四半世紀ほど。
歳の離れた姉妹だけども、両人とも笑うと同じあたりに笑窪が出来るほど、共通点の多い娘だった。王族としては直系であるし、バズヴには南洋王国に嫁ぐという未来があった。
親同士の約束事であるんだけど。
嫉妬って怖いんだよね。
南洋王国のしきたりは、東洋ほど女系に重きを置いてなかった。
懐古主義の残滓みたいなのが一部、残ってるだけで。
ナーロッパの王室のような男系による、宗室の維持が主流だったのだ。
彼女は問答無用で“呪われた”。
15歳の美しい盛りに呪病を患い、20日間の闘病も甲斐なく死亡する。
当時の女王により秘術“還魂”が施され、2度目の生を得る。
死神から魂魄を盗み取るという行為は、大罪だ。
知り合いの冥府の女神曰く
「碌な死に方をしないからね。死の偽装も、死者の復活も...いずれは倍返しの因果が誰かに向けられる。父母が背負ったり、姉妹が、その子が孫が。ただし契約した子は別だかんねえ~ほら、ちょっと吸わせてみ。吸わせせてみぃ~」
おっとなんか雑音が入ったみたいだ。
ま、あれだ。
バズヴの呪いは、
はじめは“名”が呪われた。
つぎに“肉体”が穢された。
黄泉返らせても、このふたつが必ず発動して――2度目の死を迎えた。
2度目の闘病に苦しむさまは、当時の女王を相当に苦しめた。
娘の魂魄は、一時預かりの男性に降ろされたのだけど。
この“還魂”により呪術が不発となる。
念の為に名も封じて。
王府を開くことになったわけだ。
数奇な運命に翻弄されて、彼女自身も死生観ぐるんと変わったらしく。
醜くても生きて居たいと思うようになった。
...とか。
何回も死に過ぎだ。
「元帥府のことですが」
ああ、やっぱり来た――と、彼女は渋い表情になる。
平伏してても態度に出る模様。
「なんとか成りませんか」
「と、いいますと?」
何とかできるならやってる。
言い訳に聞こえるかもしれないけど。
「あなたの私兵でしょう!!!」
うん、分かってる。
「はい...でも~」
思わず助けてと言わんばかりに、正座からぺたんと尻をついて。
床に座り込んで両手を胸に寄せたまま、
「“白服”に乗っ取られたっぽくて」
皇太后が頭を抱える。
後宮府の宦官たちも首を下げたままに、失笑。
皇太后の咳払いが無ければ、妹はそのまま嗤われてただろう。