-1.5話 南洋王国-
世界政府は、評議会と6つの王国によって運営されている。
人間側というか、魔王と戦う側の国家は人間を含め、百数十の国が参加している。それぞれ国力によってクラス分けや地域分けで、評議会メンバーが決められている。評議会が置かれている例の帝国は、その勢力では最大の国力を有しているので、盟主なわけだが必ずしも、皆が納得している訳ではない。
かの南洋王国もその一つだ。
翡翠のような海に浮かぶ美しい島々を束ねる国として名高い豊かな王国だが、ここは傘下におく小さな王国をひとつに統括している連合王国だ。現在の女王はマーメイド族だが、魔王軍に参加している種族との接点はない。
が、一見すると、魔王軍にいてもおかしくない亜人が多く散見するので、世界政府内では肩身が狭い。
その為の権力を常日ごろから欲していた。
誰に憚れることの無い絶対的な権力。
力であれば、謂れなど気にもしないといったやや、危なっかしい色合いだが。
最前線から脱した賢者は、はじめて南洋王国の地に立った。
ずっと甘い潮風に酔いながら、心地の良い航海だったが島に立つと彩り豊かな島々と変わって面白味のない人間っぽい建築物に少々落胆してしまった。きっと王国の人々も豊かな表情で明るい都なのだと思っていたからだ。
「これでは、他の者と変わらんではないか」
落胆したまま、都の宿屋を探した。
これがなかなか見つからない。
事前にリサーチはしておいた。幾らかの密偵と、物見を飛ばして都の地図も用意した。見やすいようにマーキングまでして、通り案内用の目印まで用意したのにすっかり消えていた。
「あ、もし? 宿屋のことなのだが」
と、賢者は露天商に尋ねる。
「10日前までは冒険宿があったけど、全部、取り壊されたんでさ」
「は?」
「何でもね、冒険者ギルドが親衛隊とやり合ったって話でさ」
「まあ、碌でもねえのに宿屋まで畳まれたら、こっちも野宿ですよ...金があるなら王立ホテルっちゅうのがあるらしいですが」
なんて、露天商が場所を示した紙片を賢者に渡す。
冒険宿は、冒険者ギルドが運営する低宿賃で宿泊できる施設だ。食堂と併設され、街には必ずあるものだが、大きな都市だと治安維持によってはトラブルの元にもなる。そういう訳で、だいたいどこの街でも、在り得る話だが、撤去までいった話は聞かない。
このマーメイド族が治める南洋王国がちょっと異常という話で済めばよいのだが。
仕方なく賢者は路地裏に立ち寄った。
全身黒ずくめの如何にも怪しいターバン巻いた者と立ち話。
「路銀が心許ない、都合つくかな?」
口を尖らせ、子供っぽい口調で問う。
ターバンのおっさんに『おねがーい』って両手を合わせ、くねくねお願いしてる。
「こちらでも使えるよう、金を棒状にしておきました」
「~♪」
「革袋に200入れておきますが、金1でも十分人目を惹きます故、くれぐれも御身お健やかにお願いします。我らはこのまま、都にとどまります」
なんて忠告を聞かずに、路地を飛び出していく賢者。
ま、呆れて見送る彼も苦労性。
かくして賢者は、王立ホテルなる施設を目指していた。
流石に王立というのであるならば、個室で風呂付のプライベート完備であるに違いない。久しぶりのお風呂、肌着の洗濯、ふかふかのベットで心行くまで熟睡とか楽しみは尽きない。
なーんだ、こんな事なら王立にと心弾んでホテルへ行くと、冒険宿にちっとばかし毛が生えたような簡素なつくりの建物だった。
「私のリゾートホテル気分を返せ!!」
って入り口で叫んだら、施設内から親衛隊がぞろぞろ出てきた。
「どこのバカだこいつは?」
「泊まるんなら銀貨10枚だ」
「っ暴利ではないか! これなら冒険宿で銅貨5枚いや10枚。部屋も見てないのに銅貨も惜しいわ!」
賢者はちょっと怒鳴ってしまった。
親衛隊が怖い顔しながら、
「こらぁ!どこのお子様だ~? 貧乏御用達の冒険宿と一緒にするな! ここはな、王立ホテルだばぁーか」
「金ねぇーなら野宿でもして、獣にでも襲われてろ!」
「ぎ、銀なら持ってるもん!」
10枚を道端に叩きつけてやった。
賢者にとっての非常に低レベルな抵抗だが、親衛隊はその賢者を突き飛ばしつつ銀貨を探す。
「カネに罪はねぇーだろがよ! 投げんなや」
「客ぅー ひとり追加だ、バカ野郎!!!」
◆
王立ホテル、外装も冒険宿と遜色はなかったが、内装も大して違いはない模様。
宿屋の主人に言われるがまま、なんとなくついてきてしまったが賢者は、銀10枚の部屋に通された。
その部屋のつくりは、ドアの外と内とでゼロと10の開きがある。
いや、賢者にとっては玄関先でリゾート気分を害されたと吠えてた分を取り戻したような雰囲気だった。
「え? ここいいの」
と、ちょっと可笑しなことを言っている自分に気が付いていない。
逆に宿の主人が『銀貨10枚ですよ? これくらいが普通でしょ???』なんて半分驚きながら返している。汚い店構えと言って申し訳ない気分になったほどだ。
部屋の間取りは3LD。
ベットルームはお姫さまみたいなレースのカーテンが下がっていて、ロマンチックで夜の蝋燭はさぞかし情緒豊かな雰囲気が味わえるに違いない。調度品は、この海で取れた貝とか珊瑚の置物がリズムを崩すことなく飾られている。
花の香りは南国特有のものだろうか、甘くて繊細で儚さを感じる。
これは女子力が身につきそうな予感!
賢者の瞳がきらりと光る。
リビングには葦で組んだ茣蓙のような敷布があり、この上に彩や鮮やかな象形の絨毯が敷かれている。
これは高価そうな絨毯だ。素足で歩くのが憚れそうなと、賢者がそろりと生白い小さな指並びの足を絨毯の上に置いてみた。起毛は柔らかく、足の裏がくすぐったい。
「や、やだ...わらっちゃいそう...」
頬に両手を当てて、ぴょんぴょん跳ねている。
「あ!いけない、お風呂視なきゃ!!」
いかん、いかんとひとりで呟きながら、部屋付きの風呂を探す。
リビングに戻ってきた賢者は、卓上の注意書きに視点を落としちょっと落胆。
――お風呂は共同浴場です。トイレも共同ですので、よろしくお願いします――
と。
まあ、風呂が露天風呂とかなら許そう!なんて、切り替えた賢者は早速、荷解きをする。
この国に来たのは一応、目的があってのことだ。
ほどほどに有名となって、国の重要人物に謁見できる機会を得る。
そして、本題を切り出す。
そんな感じの絵図は描いていた。具体的な手段とかプロセスなんてのは、行けばなんとかなるみたいに能天気にいや、楽天的に考えていて深く思慮していない。都の暗部に身を潜め、今も賢者が会えそうな最適な人物の査定や情報収集をしている者たちがいる。
ターバンを巻いて、麻のローブと曲刀を携えたアサシンたちがそれだ。
しかし、賢者は腰のポーチと肩から下げていたバックを床に置くと、するするとローブを脱ぎ始める。
およそ3重に着込んでいたローブは、すべて魔力を帯びた金の糸で誂えられた特製品だ。機織りが得意な妖精が献上物だと言って、いくらか作ってくれた代物だった。裏地にその妖精の族名が刻まれている筈だが。さて、賢者は最後の薄絹のようなローブを床に落とすと、月光のように白くて美しい肌の華奢な子が出てきた。
髪はシャギーの桃色をしており、瞳は紅玉に光っている。
線は細く、乳房は小ぶりで大きめのシャツを羽織っている。腰もやや未発達ながら、フレアパンツでちょっとお洒落を楽しみたい雰囲気の女の子というイメージだ。ただ、もうちょっとお淑やかさが必要な感じもある。
賢者が脱ぎ捨てたローブを片足で、ベットの傍に蹴り飛ばしている様などは子供っぽい以外の何物でもないし、肩下げバックの中にある洗い物のインナーを手洗いしなくちゃいけない事を思い出した折は、口を尖らせて『めんどうだー!!』と嘆いてもいる。
かわいい仕草も多いのだが、外見年齢とのギャップで得体のしれない子か、或いは能力の高い足りない子なのか判別迄には今しばらく時を要すると、覗く者は考えていた。
さて、賢者はこの国に何をもたらす者かと――。




