- C 671話 悪役令嬢の進撃 1 -
「さてと」
大柄な騎士の背に座ってた公爵令嬢が尻を上げた。
騎士から2、3歩離れたところで踵を返す。
「ちょっと何でにやけてるのよ、変態?!」
「申し訳ありません」
四つん這いのまま動かないけど。
返事は彼のもの。
「ほら、あのこ...あの失禁しちゃった子を」
未だ1日が終わってない。
彼ら白銀の鎧を纏ったふたりの“聖櫃”は、解放されない。
たっぷり24時間の拘束があって、その条件によってつぎの輪番組が密室から出てくる決まり。役目を終えたふたりは、煙のように消えるんだけど...その消失の様は誰も目にしたことが無いとか。
どうやって...
いや、そんな事はどうでもいいか。
女性騎士の姿がない。
「まったく...調整が足りないのかしら」
城内に常駐する近衛騎士が呼ばれる。
生贄の不甲斐なさの為に、だ。
騎士の顔には明らかに不満が滲んでた。
「どこかで油売ってる“シュリーフェン”のお爺ちゃんたちの尻をね。ちょっと探し出して、叩いてきて貰えるかしら?(嫌悪感が滲み出ているのは分かるし、令嬢に対する態度でもない)いえ、本当にこの国の人間は主人に対する...印象の悪い方々ね」
コロコロと微笑みを絶やさなかった公爵令嬢にも、怒りや憎しみなどの感情もある。
四つん這いの騎士からも、口笛のような警告が奔ったが。
「黙りなさい!!」
遮られた。
椅子の彼は視線を外す。
近衛騎士の方は、すでに仕置きが終わった後に。
令嬢の足元に這いつくばるように倒されて、ヒールで踏まれてた。
「い、いつ...」
「わたくしの命令には素直に従うものですよ? あなた方かつて生贄と差し出した“あの子”たちの方が従順で...理解が早い。そう仕向けた躾け済みですが...公爵の娘には敬意を払うべきだと思いませんか?」
踏み抜くことはしないけど。
踏み砕かれた方が良かった。
中途半端に肩が壊されて、へしゃげた鎧の中に肉体が留まってる。
このありさまだと。
完治は絶望的か。
激痛のせいで転がる騎士。
「ねえ、椅子さん?」
「はい、殿下!!!」
騎士は正座に戻って、平伏していた。
「お時間も近いようですが、中欧艦隊の皆さんに連絡...取り次いで貰える?」
「よ、よろこんで」
時間外労働はできないけど。
次の者がキレた令嬢に壊されるのが目に見える。
同僚を想えば、残り数分でもシュリーフェンを探し出すだろう。
◆
神を気取る、いい歳をしたおっさん。
交互に腕を替え、ゾウさんが見え隠れする姿だが――「君たちの意識が飛んだのだけど」
「理屈は後から、でも、要するに時間の操作...ですね!!」
こう溶け込むというか。
くにゃくにゃした感覚はスライムボディの時によく経験している。
上下逆さまになる事も、どこまでも転がりそうなイメージも、だ。
だから、皆よりも早く自己の壁を作った。
ただ、気持ち。
サイコロになった気分ではある。
「おお、凄いね君!!」
おっさんはゾウさんを隠すようにして。
見ないように意識しても、誰かの視線から脳裏に浮かぶから。
「儂はな、こう見えても公爵なんじゃぞ」
「はあ、じゃ。ボクは、えっと......ま、魔王で」
考えもなしにおっさんと、問答しちゃったよ。
答えも無いから適当に。
ウナちゃんの肩書を奪ってしまった。
「わたしが魔王だも~ん」
泣いちゃったわ。




