- C 669話 遺跡をぶち壊せ!! 29 -
意識が飛んだというよりも、記憶にないことが起きた感じ。
今のボクたちは、恐らくは何事もなかった数分前に戻ってる。
例えば――『空気穴は残してある』と、告げた頃から幾分も経ってないとこで。
エサ子の嗚咽と、ガサガサという物音が聞こえているところ――推測するに、壁穴の向こうで泣きながらエサちゃんが、空気穴を広げようとしている音だと思われるわけで。
しかも、
「わたしを置いてかないで~」
言葉は念話で、声から出る音は『うえっ、うえっうえええええ~』って泣き言のようなもの。
確かこの後で記憶が飛ぶと、壁に挟まってるエサ子があった筈だ。
暫くじっと見てても、物音がごそごそ聞こえるだけで意識が飛ぶ素振りもない。
意外に時間のかかる作業のようだ。
「えっと、ハナ殿?」
A子さんが真っ青な顔で問う。
ここの持ち場をエサ子に任せ、409A班は、ハナ姉とともに一旦退く予定だった。
言葉で勇ましく――『エサ子にここを任せて、私らは陣地の強度を上げる用意をする!!』――と、宣言してた。
ハナ姉もそれは覚えてる。
A班からは、味方殺しなのでは?
とか非難はされた。
でも、支援であるA班に限界が来ているので、この撤収は急を要する。
ボクの傍にいれば、ほぼ無尽蔵のMPドリンクの供給が可能だからだ。
と、いうのも。
MPドリンクは、無尽蔵とも言うべきボクのMPから抽出してる。
どこから出してるかは内緒だけど。
想像しなくていいので、考えないで欲しい。
◇
ハナ姉は、A子さんの両腕を掴み。
「今しがた、エサ子が私に抱き着いてたのを見なかったか?!」
目が点になるA子さん。
頭を左右にゆっくりと動かして、しおれた茄子みたいな友軍にも問いを振り直してた。
が、誰一人として...
「それが本当なら怖いんですけど、じゃ、じゃあ...肉壁の向こう側で呻いてる、アレはエサ子さんじゃないと?」
ま、反応的にはそうなる。
肉壁の向こう側にあるのもエサ子だ。
記憶が飛んで、穴をこじ開けて(たぶん...)這い出てきた、彼女が涙と鼻水と、涎まじりの顔をハナ姉の腹に飛びついてきて、また飛んだのだ。抱き着かれてた感触と、幾重も回している皮革ベルトの隙間から、湿った吐息を感じたものである。
ハナ姉は、自分の腹を触った。
ヌルっとした粘液がある。
「?!」
ま、そうかな。
◇
シリンダーの中のおっさんが、叫んでる。
聞こえる筈のない声が、頭の中に響いたような気がして――意識が飛んだ。
いや、これは多分、言語だと思う。
アバターに内蔵された自動翻訳の誤作動か他に考えられるとしたら、翻訳に入ってない言葉。
ボクの考えとしては、後者だ。
「くっ、これは念話...ですか?!!!」
外へ向かって発せられていたのは、この言語の可能性。
「うん。不快な音の正体だろうねえ」
ウナちゃんは顔を覆ってた。
もしや理解してる?
「いや、なんとなくだ。魔界でもごく一部の種族いや、部族でしか利用しない古代語。こちら側に流出していても何ら不思議じゃないけど。残ってた方が不思議かも...何せ、彼らはこの奇声でのみ意思の疎通を多次元的に行ってた」
つまり、魔法の祖みたいなもの。
こちらでは“精霊言語”とか呼んでた。
スライム・ロードたちでさえ遂に、辞書化できなかった言語だ。
で、これ壊せるのって話に。
アイコンタクトで通じ合う。
精霊言語も、互いにテレパシーに似た奇声のみで多次元ネットワークが結ばれて。
ボクたちは彼の中に取り込まれてた。
意識だけの話。
身体は...物質の世界に置いてきた、かな。
それって、不味くない?!!!