- C 640話 大魔法使いの残滓 20 -
D班の副班長は、膝つきで張って歩く。
さて思い当たるだけで、どう攻撃したものかと思考するところ。
魔法使いの数だけ術式は存在してて、手記や覚書に記録と成果として保存するのが流行ったことはある。
その場合は理論だけを抽出しておいて、再現は各々の得意分野で行う。
公式だけ発表すればよかった時代があったんだ。
現代は、その限りじゃないけど。
黒い影の方は“闇属性”なのだろう。
数百年前でなら、この手の魔法使いは希少動物並みに重宝された。
が、時代は変わったのだ。
殴られた腹をさする。
鈍器で殴られたような痣になってた。
《なるほど、威力は十二分か》
腹筋をいささか鍛えていて正解だ。
後遺症で膝に蓄積ダメージを抱えているけど、数分もすれば立てる。
「俺のマジックシールドを貫通って、どんな性能だよ!!」
カマかけのつもりで捨て台詞。
あまりに急だったから、術式の頭も唱えられなかったけども――「ふふ、シールド。シールドか...」って、化かし合い騙し合いに不慣れな様子をドゥ自らが露見させた。自慢げに仰け反って「そうだろう、そうだろう!! 俺様のダークアームズは凄いのさ。何せ、獅子の頭蓋骨を粉砕できる威力に設定してある!!」なんて術式の名と、威力説明をしてくれたのだ。
C班の班長は、マキの所持品から手記を取り出す。
素早く術式の記述を攫い始めた。
「“光を”!!」
眩いばかりの光源が生まれる。
属性の対策と、威力の減退を即座に把握したものだけど。
マキの顔が歪んだように見える。
「俺のターンだぞ!!!」
ああ、それが言いたかったんか。
◇
再び、大魔法使いクッコ・ドゥは捕縛される。
魔術封じのお守りが首に提げられた状態では近年、珍しい構図だけど。
「じゃ、マキちゃんの意識についてだが?」
C班員の反応は複雑だ。
イレギュラーズと彼女の繋がりが想像できないからだけど。
「なに、余り物の総菜パンの取引で、ほぼ毎日、会うとなれば自然と仲良くもなる。まして彼女は明るくて優しい心根の娘だからな。D班内では私も含め、ファンが多いのだ――故に!!」
向き直って、ドゥをひと睨みする。
不機嫌そうなのは表情ではなく、オーラの揺らぎでも分かる。
「転写は完璧じゃない。もう一度同じことが出来るかも怪しく、魂魄の乗っ取りではなく一時的な間借りみたいなものだ。だから、俺様だけを剥がそうとするなよ!!! くれぐれもだ」
保険は賭けた。
ドゥにとっての保険だ。
仮に器渡りが出来る手段が見つかった場合に備えて。
マキの魂魄で眠れるようにする為、スペースの確保までしてある。
まあ、これは彼女が底辺の女子という心の隙間に棲みついただけなんだけど。
「下種だ」
「なんと呼ばれようとも、俺には関係のない話だ」
狂犬の男がマキの目の前に膝まづく。
目線がこれで同じ高さになった。
「ラストオーダーに何を納品したんだ?!」
今までC班は、昏倒させた人物を追ってた。
犯人がマキの中に入り込んだものだというのは掴んだけど――工房の外でも、声が大きくなりつつある術式の暴走の方にも気掛かりはあった訳だ。手記を見たところで参考にされたものは無かったわけで。
「未だ、そんなところか」
目くばせでもするように、
D班の副班長をほそーい目でみる。
やや綻んでるようにも。
「魔獣の召喚だろ? 依頼書の内容からは“制御可能な”という一文があった筈だが、開示された術式の魔法陣はアンバランス過ぎる。どこかちぐはぐな、それでいて緻密な巻き戻し機能なんてのも」
「そう、そこ。見てくれる人もいた訳だ!!」
拍手が打てないので、もどかしそうにしてたが。
ドゥは、
「これぞ“俺、なんかやっちゃいました?!”だよ」
安易にそれを聞くとなんか腹立たしい。
マキじゃなかったら、拳のひとつは覚悟してもらいたい気分だった。