- C 639話 大魔法使いの残滓 19 -
「この世に未練があったから、化けて出たのか」
パン工房に足を踏み入れたのは、イレギュラーズのD班員。
総菜パンを求めて直接、工房へ訪問しに来た。
こういう事はなくもない。
だから、店ではなく。
奥の工房でマキを追い詰めてたのだけど。
「はて、部外者だよね、キミ?」
頭二つ上からのドゥと対峙する班員。
C班の長からは「精神を侵されるぞ!!!」って警告が飛んでた。
「もう、遅いよ。彼にも俺のスペルは届いてる」
「ああ、聞こえてる。気持ちの悪い耳障りな声音なんか聞かせやがって...誘惑ならもっと甘い声で囀りやがれ!! だが、マキちゃんの声は悪くない...もっと傍で聞きたいくらいだが」
侵蝕を跳ねのけた者、現る。
まあ、これも想定内だ。
現にC班はふたつに割れている。
要するにスキがある者が侵食されるという意味で。
ん?
「は?」
え?
◇
「だから、マキちゃんの声なら堕とされてもいいと言ったんだが、通じなかったか?」
知り合いですか?って間抜けなセリフが飛び交う。
お留守番組のヒエラルキー最底辺の彼女は、いつも余り物の総菜パンに半値をつけて販売してた。
その常連である。
普段とは違って、明るくころころと笑い、照れ隠しに耳を隠す所作まで。
彼に見せていた。
D班副班長の彼に――「マキちゃんみたいな潜在能力が高い子に憑りついたんだろうけど、彼女の資質で仲間を傷つかせるってのは、洒落にならないぜ...どこの魔法使いか知らねえが!!」ちょっと冠だ。
明かりが見えたから工房にまで足を伸ばしたら、こんな修羅場に。
しかも、目当ての彼女は籠の鳥になってた。
「浸食を受けない魔法使いは、かつての世界にもあった。だが、あれも過去の話...湖の魔女ルサールカももう居ない!! ようやく俺様のターンが回ってきたんだ!!!!」
指を弾く。
スペルはあくまでも“演出”の範疇で。
彼の得意とするのはイメージ通りに実行できる魔力操作力。
無詠唱からの再現性といったところか。
「がはっ」
D班の副班長が大きく仰け反って、対岸の壁に打ち付けられてた。
影のような黒いひも状の、腕による打撃。
喰らってみると、見た目以上に違和感との差が大きい。
まるで物理的に獣の拳で、殴られたような重さがあった。
《な、なんなんだ! コレ!!!》
肩を竦めるマキの姿。
瞼を閉じかけた時にみせた、ドゥの笑みだ。
◆
パジャマパーティの賢人会に一報。
時間の流れがさらに緩やかな、地下迷宮から閲覧書籍の破損が報告された。
書庫内の出版物や手記、経典に魔導書などはすべて“特務機関”の至宝である。
壊れたら修理する前に一度、賢人たちに打診することがルールだ。
綴られた言葉には力がある。
魔法使いたちの用いる言葉だから、尚のこと。
「クッコ・ドゥ晩年の手記?! これは何かの悪戯か」
「或いは作為的な何か?!」