- C 638話 大魔法使いの残滓 18 -
「まさか、視線を交わすだけで術を?!」
班長が慄いて呟くと、
皆が一斉に、視線を落としてた。
狂犬ぶりの男さえ背を向けてたほどだ、が...。
「詠唱とは、イメージを安定させて魔法を術者の思い通りに使わせるもの。つまりは、言葉とはそれ自体が強力な魔法のスイッチであるという事!! こんな初歩的なことを、この時代の魔法使いは習わないと? いや、教えてくれるとかじゃないよね、これは身に沁みて感じ、忘れてしまってはいけない事じゃないかな...」
マキは膝を組み直す。
わざとらしく遠巻きにある、魔法使いたちにスカートの中が見えるよう。
視線が上がるのを確認すると――微笑みながらウインク。
誑かしている。
「視線を交わしあっているからじゃない。キミたちとの会話の中で、古代語を織り交ぜながら聞かせてたんだ。ああ、今から耳を塞いでも遅いよ? 言っとくけど、最初の1行説を耳にしただけで、術は音ではなくなって直に心へ(蠱惑的に微笑みながら)いや、脳幹にぐいぐい捻じ込まれていく――精神の侵略みたいな術式でね...俺の得意とする魔法のひとつさ」
遠巻きにあった班員が動く。
輪の外にあったから、班長やその隣人からは死角になってたけど。
狂犬の男からはよく見えていた。
仲間が、仲間を裏切るシーンをだ。
咄嗟には名前が出てこない。
普段、まったくのモブたちが正気の班員を、背中越しからナイフで刺して歩く。
瞳孔が開いてるから、精神汚染されているのは間違いない。
「ちょ、おまえら!!!」
その凶行は、彼にも訪れた。
三方向からの同時攻撃――「君はさ、腕っぷしがいいと思ったんで特別だ!」マキの顔をした別の何かの挑発。左右のナイフを払い落として、肉体強化で正面からの凶刃は受けることとした。
筋肉の力で傷口を一時的に委縮させれば、出血も最小限に収まる。
「うんうんやっぱり、俺の嫌いな脳筋な考えだ!!」
楽しんでた。
班長やシジにも刺客は向けられたけど、
「詰めが甘い!!!」
と、返り討ちにされてた。
いや、それでいい。
魔法使いは接近戦に滅法弱いのが通説で。
そんなのに対応できたのは、数百年も前に戦乱の中で場数を踏んでた者たちだけである。
帝国だって、マーガレットを除けば五指くらいしかいないし。
ドゥは近接が得意なタイプではない。
というか、他人で壁を作る下種なタイプ。
「甘いか、見逃されてることにもう少し、感謝と言うのを感じた方がいいよ?」
縄が切られ、手足が自由になる。
切り株の椅子から、班員の組体操で出来上がった“玉座”へと座り直してた。
「やっぱり椅子はこの高さがいいね」
班長達を見下ろすマキの姿。
冒涜だ。
いや、これも挑発――怒りに任せて飛び込んでくれば、操り人形たちの餌食に。
逆に冷静に対応されても、変わる事のない立ち位置といったところ。
工房の上司がここに来たとしても事態の解決にはならないだろう。
相手は現代に蘇った、自称“帝国の魔女”に匹敵する大魔法使いである。
「さて、キミたちをどうしよう?」
これからはドゥのターンだ。