- C 636話 大魔法使いの残滓 16 -
「で、先ほどの見解ですが」
ハナ姉も疑問だった、魔獣たちの徘徊。
話を合わせ“異常”だと言えば、ボクとの間に親密さが湧くからという試算はあっただろう。
けども、そんな見え透いた手には――
「召喚されている魔獣に違和感がある」
と、彼女は言ったのだ。
ハナ姉は勘がいい。
引き籠りニートではあるけど。
その引き籠り歴は、筋金入りとは言えそうにもない。
ちょいちょい学校を休みがちになったのは、高校の2年後半。
ママンの手を借りて、卒業はした――ただし、クラス全員集合の写真でひとり別枠の右上にいるけど。
で、何故かいや...気分転換にと首都圏の大学に進学した。
環境が変われば、引き籠らなくていいだろうって。
でも、人間関係の改善なんて隣人が傍にいては、無理なんだって知る。
いあ、ボクが。
「違和感とは?」
鼻を摘みながら、
空を仰ぐ。
「食料にしている魔獣」
うん。
前足のひとつに古傷がある。
と、
「この死骸も」
別の班が仕留めた魔獣で、今、桜チップ燻製の真っ最中だ。
内臓は塩漬けか、或いはソーセージにするかで揉めてるとこだけど...何か?
「外見的な特徴の他に、なんとなくだけど個体の雰囲気が似ている、そんな気がしないだろうか。いや、思い過ごしか、他人の空似という事も考えられる。獣だから生存競争の中で似た箇所に怪我をする、そんな偶然も捨てきれないと思ったんだけど」
で、改めて死体として積み上げた躯と、魔獣を見る。
冷たくなったゾンビを見る。
うーん...
「唸りますねえ」
「あ、う、うん。ハナ姉に言われて、改めて気付かされたなと。このゾンビは小指が欠損している...根元からすぐ上の関節がスパッと切り落とされた古傷。古風だけど、足抜けや咎人の刑罰に“指を詰める”ってのがあって。そうしたものに似てもいる。こんな文化があるとすれば、東洋王国か大陸圏の人々だと考えると、ねえ」
この同じ傷を持つゾンビが10人はいた。
そこでひとつ、
骨付き肉を両手に掴んで、豪快に仁王立ちして。
「タイムループ!!」
なんて叫んでた。
◇
人の脳みそで仕事をした気になっているとこ、すまないけどね。
エサちゃんと背格好が同じボクも立ち上がった。
「コロネさんたちが施設の傍で聞いたとする、不快な音色。魔法使いたちは、状態異常に対する攻撃には敏感で或いは、護符を身に着けている場合がほとんど。それでも幾らかの影響は受けるものだが発狂する程度の人が出た...」
これらを加味して、ボクの推測。
「とりま、地獄の再現場ってとこか...と」
日の入りから日の出までの休眠は約12時間。
施設が霊脈から充電していると思ってた。
そもそもの前提が間違ってたんだ!!
12時間の休眠と言うのは施設が廃熱している真っ最中の事ではないという事。
つまり、癪に障るなあ。
エサちゃんが意味ありげに呟いた。
タイムループの為の予備動作に入っているって事だ。
ゆえに、この地は小特異点となるのだろう。
「夜中でも不快音は聞こえるんでしょう?」
ハナ姉は、レッサーヴァンパイアへ進化したコロネさんに問う。
彼女も無言で頷いた。
単なる耳鳴りか、或いは幻聴かと思ってたけど。
「微弱だけど、魔力も感じる」
両手いっぱい腕を伸ばし、都市側へ向けて。
ウナちゃんも瞼を閉じて呟いてた。
「えっと?」
真なる魔物へと近づくコロネさんらでも、ウナちゃんから漏れる高貴なるオーラが分かる。
これは非常に恥ずかしい事なんだけど、一般的に“お漏らし”という。
爵位持ち、或いは千人将以上の魔人であれば、だ。
蛇口の締め方くらいは知ってないとダメである。
ち〇こ臭と、フェロモンを取り違ってるアロガンスでも、その蛇口の締め方を知っている...。
いや、悪いがエサちゃんでもだ。
ボクだって、ハナ姉も蛇口は締めてる訳で――
「漏れてるよ?」
注意しても、ウナちゃんには。
魔王としての威厳は何処へ行ったのやら。
漏れるオーラに当てられるコロネさんたちは、暫く深い眠りへ。
辻で殴られたようなもんなのだよ、オーラのお漏らしってのは!!!