- C 635話 大魔法使いの残滓 15 -
「旅団長?!」
技術顧問が去った陣屋にて、意識が飛んでたカイゼル髭に声が掛かる。
斥候組の何人かが戻って来てた。
施設から離れた風下で、凧を揚げて観測。
「遺跡ですが、昼夜を問わず魔獣が警戒に当たっています」
アリの入る隙間なし。
こんな報告は、ここ数日変わらない。
ただし、理解しえたことは術式の正体だ。
「召喚術式、か」
「近寄ると、不快な音により正気が保てられなくなるのは、守護する魔物とて同じようで」
観測用に揚げた凧によって、魔獣と魔人が同士討ちしているわけだ。
例えば、部外者であるゾンビや人狼が近寄れば、協力して排除しようと動くのだけども。
そんな横やりが無ければ、再び共食いが始まる。
「厄介な防衛装置だ」
◆
――そうした話は、409魔導大隊だった元隊員のコロネさんから聴取で来ている、ボクたち。
種族進化の手助けをするだけで、おそらくは非常に貴重な情報が、下種な言い方で纏めてしまうと“タダ”で手に入れている状態。ボクの背後で背中合わせに座り込んだエサちゃんはずっと、肉を喰らってた。
「それ、魔獣のでしょ? 食べて...大丈夫」
ゾンビと悪魔を喰らう生き物だ。
悪魔や魔人はまあ、百歩譲ればちょっと人間種寄りの生き物で...
「うん問題ない。考え方を替えれば人食い熊とか、虎なんてのだと思えば」
そんなに割り切れないよ?
背中越しに籠る声。
もぐもぐ、ごきゅんってのも聞こえているけど。
「魔界から殆ど無尽蔵に湧くものだと思うんだけど」
この一言には少し違和感がある。
魔物たちの召喚術式だという事は、コロネさんたちから持ち込まれた情報による仮説。
小特異点による限定的な、転移門がこじ開けられた――この場合は、魔獣が多く生息しているであろう、獣王の森か。或いは、九領と十領の国境紛争地域などが候補に挙げられてるけど。
確証はない。
だって、異常すぎるんだ。
「魔獣たちの湧き方が異常」
ハナ姉も肉を食う。
ふくよかな「I字」の谷間から、調味料が代わる代わるで顕現し。
原始肉のようなワイルド・ボーンステーキに振りかけられていく。
うん、確かに山葵の香りが食欲をそそる。
「焼けば一緒とは、よく言ったものです」
装甲車の中にあった戦闘糧食では物足りずに、ウナちゃんも砦の中に潜り込んでた。
まあ、確かに人外のひとりや、ふたり増えたところで――
とは言っても、これは魔王とその側近筆頭。
褌姿で凄み、モデル立ちなんてすれば、ざわめくオーラで低級な魔物たちは昏倒しかねない。
アロガンス曰く『これは漢の匂いってヤツですよ!!』フェロモンか何かだと間違ってるようだけど。
それは断じてない。
お前のは、体臭だ。
「魔獣の湧きが異常とは?」
目の前がくらくらすると、不調を訴えるコロネ隊長。
進化先はレッサーヴァンパイア。
ゾンビからグールへの進化を幾つか飛び越えての飛び級に成功した。
「うん、ボクの術式が功を奏したね!!」
不死者王の眷属の末席に加わると、外見も人らしくなるが、未だ完ぺきではない。陽光の下では日焼けが火傷みたいになるし、聖水は触るのも呑むのも腹を下すものである。
また、これが一番大きなことなんだけど。
治癒魔法や治癒水溶剤、神殿術式の結界系は体調不良になる。
治癒するんじゃなくて...
病気になる感じか。
そうなったら、血を呑むか。
精気を吸うことだ。
「うーん、未だ、先は長いですね」
ごもっとも。