- C 630話 大魔法使いの残滓 10 -
「ええと、ちょっと待ってね」
水の音はそのままだ。
戸口の下の隙間から、コンパクトに畳み込まれたパックが差し込まれてきた。
「ちょっと窮屈な体勢だから、早く受け取ってくれることを願うかなあ。いくら体が柔らかい方だってっても、トイレの戸口前でストレッチってのはさ...入ってきた人に変態か何かにしか思われないし。窮屈な言い訳みたいで」
忍びないので、差し出されたものを受け取った。
男のドゥには見たこともない包だった。
使い方が...っていうのは変だろうか。
「あれ? マキちゃんは挿入派?」
「あ、うん」
は、挿入? なにそれ怖いって反応になる。
「そっかー」
空気を細く吸い込むような音が聞こえた。
暫くして、平たく息を吐くような。
「包み紙を解いて...広げて~」
レクチャーは続き。
ドゥはこの日、神秘に近づいたわけだ。
◆
賢者たちのパジャマパーティ。
ジジイとババアしかいない“古木の会”の方がしっくりくる。
「...じゃて、よもやこんな無駄な術式をそのまま...組じゃあおらんよな?」
手記に記されてる内容は、どれも古風。
否、簡単に言えば、その当時は最新鋭だったんだけどね。
ボクが帝国に招聘された時に、殆ど書き直してしまった。
効率よく魔法使いを使うために。
だから彼には時代が良くなかったと言ったんだ。
無詠唱、略式詠唱法に加え、数々の術式群。
後世に残るであろうすべてが封印指定された――否、これは否だな、封印じゃなくて棄てられたもの。
「心意操作に似た術式か、これは」
丁寧に詠唱呪文を代用した古代語が用いられてる。
が、長すぎて魔法陣の周りを何度も囲ってた。
そこは、魔紋で代用しないと。
ボク的に見て、ソコがイライラする。
「うむ、じゃが..」
「分かる。この苛立ちはなんだ。この無駄さが言葉よりも、行動に出そうな」
ジジとババにも苛立ちが。
ああ、この人たちはマーガレットの弟子たちだっけ。
そりゃあイライラするだろうなあ。
「で、結局のところ、なにが悪いんじゃあ!!!!」
背負ってた布団を跳ねのけて。
ジジイのひとりが勢いよく立ち上がった。
司書ゴーレムから『ひぃい』なんて甲高い悲鳴が出た。
「なんじゃ、お前、まだ居ったんか?」
『居ますよ!! 本の返却が完遂されるまで付き従うのが司書の役目です』
マシンボイスで見栄を切る。
ま、帰ってこない司書ゴーレムひとつと、手記がひとつある。
捜索中だけど、記録の改ざんがあって手こずってた。
「では、ヌシにも問おう! これは何をするための術式じゃ!!!!」
ゴーレムからため息が出るのも新鮮。
『魔獣召喚術式です』
ん?
え?
は?
ひぃ?
ぴ?!
あ!?
それぞれが何かしら口から出てきた。
そして、ボクも『あ゛』って言葉が。




