- C 629話 大魔法使いの残滓 9 -
クッコ・ドゥの野望は、これで終わりじゃない。
手記の一つに自分の意識というか執念...いや、怨念みたいなものを転写しておいた。
記録の閲覧時に、コンピューターウイルスが解き放たれたように。
閲覧に来た人の魂に己を転写してきたわけだが。
どうも、上手くいったとは言い難かったようで――C班に所属する、チーム・カーストの低ランクな魔女の下へ、彼の残滓が紛れ込んでしまったようだ。
同僚たちに虐められながら、彼女はひとり...
迷宮回廊へ赴いて、その怪しげな手記を手に取ってしまった被害者。
◇
彼の誤算は、魔法使いの手記だったということ。
読む者が現れるとすれば、同性の同門か或いは研究者だと思ってただろう。
その思惑はここで大きく外れてしまった。
今、トイレのひとつ、個室の扉が固く閉ざされて...籠っている。
唸る訳でもなく、ただひっそりと声も、物音も立てずにじっと“いないフリ”までして隠れてた。
出るに出られない難問が彼にあったからだ。
「しまったー!!! ナプキンがない」
その身体は、魔女である前に女性である。
手鏡などの必需品は、ポーチにすべて入ってるんだけど。
意識が転写されたのは、古い思想に凝り固まった男性のもであるから、当然、置き忘れてきた。
で、唐突に来たわけで。
これは失敗である。
だが、魂への転写は一度きりの外法。
というか魔法と呼んでいいのかも微妙で。
少なくともボクの知る限りでは、還魂術という蘇りの別バージョンくらいしか知らない。
還魂術は今では外法扱いだけども。
考え方を入れ替えれば、肉体は単なる乗り物みたいなものだと思える。
この法術を開発した術師も天才だと、ボクは思うんだけど。
蘇生魔法以外は認めようともしないわけで。
と、すれば...それ以外での魂からの肉体を得る方法は無いように思う。
さて...
「そこに籠ってるのは...マキちゃん?」
ドゥは便座に足を乗せて、委縮した。
いや、身体が勝手にそう反応したように思える。
「うん、声を出さなくてもいいよ。今は、みんな休日を楽しんでるから...この寮舎にあるのは、あたしだけ。あ、違うなあ...自習室にあと2、3人残ってるけど。管理職への勉強会開いてるみたいだから。あたしだけだね、暇そうにしてるのは」
声音は軽快さがある。
ただ、気を遣ってるようですこしトーンが落とされてた。
「トイレに籠って出てこないのは悪い癖だよ?」
女性はずっと独り言のように会話が続いてる。
洗面台から水の音が聞こえた。
蛇口をひねって、その音でトーンの下がった会話の消音にしているよう。
よく考えてるよ。
「C班から5、6人ほど入れ替えがあるんだって」
何かの通知があった。
配置願いとかいう書類が少し前に回ったものだけど。
あれで苛めが無くなる事も無ければ、カーストの底辺から抜け出せることもない。
マキと名指しされた、ドゥの入ってる身体も通知書をごみ箱に捨てた記憶があった。
「シャッフルが起きるとは思ってもみなかったけど...」
それは初耳だ。
「なんで!!!」
思わず声を出してしまった。
洗面台の彼女は微笑んだ。
「何してんのよ、マキちゃん!!」
「えっと、ノリちゃん?」
恐る恐る問い直した。
やや、遅れて嗤われて――「シジだよ。いつも下ばっかり見てるから...声だけじゃ分かり難かった?! うん、でもいいけど。どうしたの籠って、また...虐められた?!」
日常茶飯事のことだ。
体が覚えている。
生理が来たことが伝えにくい。