- C 626話 大魔法使いの残滓 6 -
大魔法術式“蜃気楼世界”は、ふたつ以上のエクストラ位階の魔法が、干渉しあうことで発生する連結組成された魔法だった。
主に光属性で構成され、蜃気楼と名付けられたように。
視覚からくる感覚麻痺を促してくる。
これは、幻惑の代表格“迷いの森”の拡大解釈にちかい。
「術式の下地は、そんなトコだ。そもそもオーダーが意地悪なんだよ、オレから言えばな...当時の勤務で臨時組に当たっていれば、もっとマシな術式が納品されたかもしれない。だがなあ、今、あのオーダーを見る限りじゃ...」
島を隠す分、ソレだけならば複雑にする必要はない。
オーダーの方を開示するべきだと、工房は考える。
「北カリマンタン島を兵器にする」
そんな途方もない発想、誰がどう応えるのかって話。
◇
具体的には。
侵攻してくる敵軍を奇門遁甲の幻術に招き入れ、次第に侵略者たちの気概を削いでいくものであった。
これをもって“迷いの森”と同じものと言われる所以だ。
「北カリマンタン島を戦場指定する、これは依頼主でもあるサバ公爵の希望ではっきりと理解はできる。ただし、今、現実に暴走している理由までは...」
開示する前の術式が書かれたスクロールに目を通している。
本日の担当班は、オーダーを受けたC班とは別のB班。
総勢100名の魔法使いと魔女たちからなる。
B班と縫い付けられたゼッケン付のエプロンは自前であった。
「この意識操作? これが悪さしてるか」
幻惑の森ではよく多用される術式で。
個別に書くことはない。
「いや。識別能力の低下を促し、霧がなくとも隣の戦友が別の何かに見えるようになる法術は、よくあるものだ。誤動作があったとしてもせいぜい...疎らに発動するだけで、混乱した侵略者だけでなく守備隊も見境なく狂喜乱舞するとは、うん...考えにくい」
「術の作成者は誰だろう?」
参考文献に立ち戻るという選択。
少なくとも、誰のいや何処の術者が記したものかで、素性みたいなものが分かる場合がある。
「クッコ・ドゥ?!」
「誰だ、それ?」
グラスノザルツ帝国の創成より、彗星の如く現れ賢者として隆盛を誇ったペテン師がある。
アウグスタフ男爵クッコ・ドゥ大魔法使い――
帝国の北部に位置する国境の街“アウグスタフ”。
そこの次男として生を得た、自称“世界を渡った者”いわゆる転生者である。
この人物の『自称』ってのが兎に角多いので、どこからどこまでを信用していいのか分からない。
ただし、魔法の才だけは本物だったという。
「オーパーツ気味なガイド機能がゴーレムにあるから...なんと言うか、アーカイブまで行かんで本当に助かるな?! で、そのドゥってのはつまり男爵殿でいいんかな?」
「そこも怪しいですね。帝国から正式に爵位を与えられた記録がありません。ただし、帝国の創成期時代は公文書に残さない“みなし貴族”のような習慣がありましたから、確実性が無いというだけかもしれません。ただ、ドゥ男爵は11歳の折、魔法の各属性を第5位階まで到達して見せたという神童であったようです」
今でいうとこの天才肌だ。
人々に魔法が使えるようになった頃の位階は、わりと大雑把だった。
後に、
レベル1でMAXでしかない“Lower-level magic”つまり下位魔法。
レベル3でMAXの“Higher-level magic”中位魔法。
属性1つにつき、レベル5で熟練度がMAXとなる“Greater magic”高位魔法。
ここまでは、努力次第で何とか到達できる、人の限界点。
以下は、人外の領域。
属性1つにつき、レベル5の上限解放に成功した“Maximum magic”最上位魔法。
属性1つにつき、レベル10に到達した“Ultimate magic”超位魔法。
超位魔法を複数組み合わせ、五行相克に似た属性の強化につとめた創造の域“Extended Ultimate magic”つまり拡張・超位魔法ってそんなとこだろう。
また、こんな解説をするとは。
ボクも結構、好きなんだなあ。
で、ドゥ男爵の第5位階ってのは今でいうとこの...
高位魔法ってことになる。
それぞれの属性魔法には得手不得手がある中で、熟練度を上限一杯まで上げたとするならば。
うん、間違いなく天才だったと思う。