- C 625話 大魔法使いの残滓 5 -
『オーダーの件、確かに。術式“蜃気楼世界”の開示を請求します...拒否されました。今ひとたび、開示の請求を試みます...拒否、拒否、きょ...』
司書ゴーレムの電子音だけが怖いくらいに木霊する。
えっと、ジジイとババアどもが昼寝できるだけの時間が空しく流れる。
それまでは不快な声音だったけど。
時間が経つと、嘘のように心地よい睡眠誘導音へと変わったものだ。
じゃあ、ジジ・ババも寝るわってなる。
『...っ、3340985件目の開示請求を試みます...開示請求が承認されました。プロテクトの一つ目の条件、クリアしました。続いて、魔女の工房にテストケースと、データの貸し出しを請求します――』
夢の中でも響く電子音。
思うところは同じで、
まだ、続けるのかよ...だった。
◆
地下迷宮という名の図書館とは別で対になる空間には、魔女の工房と通り名で呼ばれた機関がある。
特別な地位の特別な魔法使いたちが、昼夜問わずに働いてた。
ま、外から見れば24時間、寝ずに仕事しているような雰囲気なんだけど。
内に入れば、ただのローテーション勤務。
2勤1休の勤務体制。
そこに4班あって、あぶれた班は2休も臨時出勤もありという。
好きなことをして、大好きなカネを貰う。
最強だと思う。
「開示請求の後は、テストケースの仔細説明だと」
詰め番だったゴーレムからの愚痴。
その愚痴を聞くのは、工房にて働く長寿な生命体だ。
横に突き出した槍のように長い耳と、色白な肌。
昔はとんがり帽子なんて流行に踊らされるように、被ってたもんだけど。
あれは、作業の邪魔になる。
「あれ、エルフ先輩...帽子は?」
ゴーレムの目が緑色に。
ビームが出ると、皆が防御魔法を張る。
「うわ、こわっ!!」
「怖いのはこっちの方だ!!!! 今、いや緑じゃないけど。一瞬、緑に」
司書ゴーレムたちは異常を表現するとき“緑”になる。
気を抜くと、射抜かれるっていうか。
ビームが飛んでくる。
死ぬような出力じゃないけど、やっぱり当たると痛いんで。
自然と、目の前にシールドを張るように...
「あいつらと一緒にせんでください。でも、LEDの調子が悪いのかな?」
「言ってる言葉の意味が分からんが、ゴーレムの作成者って?」
「帝国の魔女さまですね。あと、ひとり...あの方の師匠と言った、ゴーレムマイスターが居られましたが。工房の私たちは、魔女さまが御造りになられたんですよ、これ、自慢話です」
司書のとこは機械音が鼓膜を刺激する。
対して、工房のゴーレムの声音は優しさがある。
まあ、よく人の囁き声に間違われて...
工房が気味が悪いと言われてる原因なんだけども。
ゴーレムが「?」を浮かべてる。
「で、司書の奴からのオーダーは?」
ほとほと困った体に肩を竦めて――
「煩いんで開示請求には合意しましたが、どうやら術式“蜃気楼世界”の制作過程が知りたいようです。恐らくは、何が参考に用いられたか...だと思われます」
工房の仕事は、発掘された旧式の大魔法を、現代でも通用するよう再調整するのが本業。
平和利用でも軍事用に組み直すわけだ。
業が深い。
エルフたちは頭のバンダナを思い思いに締め直す。
「――ったく面倒なことに」