-140話 聖都奪還戦 ④-
騎兵8000がクルクスハディンの街へ入城したのは、朝陽が街の東の尾根に掛かる頃だ。
日の出はもっと早いが、周辺が高い山に囲まれているから、空の開け具合で判断している。
城門の脇で蹲る大柄のまっぱな女性と、地面に突っ伏しているスク水の少女が回収されたのも、騎兵突入と同時期の話だ。
鎧に無事、着替え直したモーリアン卿は終始無口だった。
まさか、衆目に自分の裸体を晒すことになるとは思っていなかった。
が、エサ子はご満悦だ。
「ナイスなボディ!」
と、モーリアンを称えている。
「なあ、エサ子...」
「うん?」
スク水を膝まで下ろしている、エサ子が振り返っている。
剣士とはタオル一枚の隔たりがあった。
「モーリアン卿の事なんだけどさ」
「ボクの部隊の中で、彼女以上にエロいボディを持ってる騎士は居ないんだよね。あの子には可哀そうなことしたけど」
「見せて減るもんでもない」
と、反省の様子はない。
「じゃ、対象がエサ子だけって場合は?」
「ふむ、まあ、当然...そういう場合も無くはないよね」
背中の傷跡を指でなぞる。
「ボクの身体で興奮するシチュってそういう人たちの目の前ってことだよね? タゲを取るために見せる必要があるなら、ボクもその場で脱いで魅せるよ!!」
少女の乾いた笑い声が、タオル越しに聞こえた。
そこに感情は乗っていない。
「そんな場面、俺は嫌だぞ!」
剣士が否定する。
「...ありがとう...兄上」
タオルの下から、エサ子が腕を伸ばしている。
「何だ?」
生暖かい布地を手渡された。
よく見ると脱ぎたてのスク水である。胸にゼッケンがあって“エサ子”と名前が書いてあった。
「脱ぎたてホヤホヤだよ、兄上!」
「ボクの匂い付きかも~」
と、悪戯っぽい感情でからから笑った。
匂い付き? さて、どんな匂いと嗅ぐ寸前を槍使いに目撃される。
出来心でもない。
これは、健全な男子高校生のひとつの習性、いや、本能だ。
女の子の匂いは神秘なのだと――細い目で疑う槍使いを説得し続けている。彼女が『分かるよ、その気持ち』なんていう訳がない。
槍使いが微笑みながら、『私も男の子と同じで、酸っぱい漢臭さに興味があって...』とも、言わないだろう。
結局、剣士のロリコン疑惑だけが浮上しただけだ。
「剣士も、普通の男の子ってことか...」
このセリフが怖い。
怒ってないよというイントネーションほど、女の子は一番怒っているというパターンだ。
彼女の目は、魔法使いのローブを最後に残して、紺のベストにチェック柄のスカートとスパッツに着替え直したエサ子に向けられている。
「エサちゃんは、何で誘惑するのかな~?」
槍使いの見下ろす視線と、少女の見上げる視線が交差する。
エサ子の方は、小首をふって――
「兄上のことが好きだもん!」
「あらあら、私のこと姉上と呼んでくれるのだったら...」
「横に立つのは赦したし、姉上は姉上だけど、兄上の横はもう一つあるし」
とんだ宣戦布告である。
ロリコン疑惑の高まった剣士に強力なライバル登場。
引き攣った槍使いを袖にあしらい、少女はローブを羽織る。
「兄上は、ボクの水着をもってどこへ行ったのかなー?」
と、天幕の裾へ流し目。
我に返る槍使いも剣士の姿を探す。
「ボクので抜けたら正真正銘?」
軽く握った拳を上下に動かすジェスチャー。
しっとりとした笑みを浮かべて、彼女も天幕を出て行った。
「こっらー! エサっ、ち、違った!! 剣士ったらどこ行ったのよ!!!」
槍使いの苦悩が続く。
◆
城門が抜かれた報せは、聖堂の玉座にふんぞり返っていた棟梁の届けられた。
街の中心部まで1万の兵団が歩を進めていた。
砲弾や火薬など、物資の殆どが船の中にあった。
その船も、もう無い。
シルクシェルから南下する教会軍に備えて、北部側を重点的に守備していた。
まさか、海から来るとは考えもしなかったのだ。
「動ける兵は?」
玉座に深々と腰を下ろし、天上の壁画を仰ぎ見ている男の問い。
玉座に対面する形のU字型の机から、
「町中にあった3000余りの兵が招集に応じていません」
「俺は集められる兵ではなく、今、動ける兵の話をしている」
「は、聖堂の守りで5000が限界です」
「何故、守るんだ?」
「え?!」
ざわめく指揮官らがある。
「こんな建物、守る価値がどこにある? 俺は討って出ると言ってるんだ」
玉座から立ち上がると、脇に立てかけてあった太刀を手に取った。
「ここで勝ちを得ねば、とって返す教会軍に挟撃されて...我らはやはり負ける! ま、どうせ負けるなら市街地でも野戦でも刃を交えて死にたいものだ!! こんな石造の冷たい場所で這いつくばって死ぬのは御免だよ」
と、零す。
U字の卓上にあった将兵らも立ち上がり――『御屋形様、お供します』――と、玉座の間を出て行った。
聖堂前に歩兵1万が抜刀して待っていた。
「ほう、5000という話だったが?」
「御屋形様、我らもお供させてください」
城壁守備を監督していた将帥が代表して、棟梁の前に膝を屈している。
「ま、これに勝てねば城壁守備もない。よい! 我に続け!!」
「御意!」
男たちが遠吠えと共に出陣する。




