- C 618話 カリマンタン島戦線 38 -
「アホみたいに選択しないけど。逃げてどうにかなるってことも」
浜辺からしこたま火炎球が飛んでくる。
沖にある幽霊船の手前で空しく着弾してて実害はない。
が、ちとイラっとする。
ボクのインタビュアを終えた取材陣たちは、魔法の絨毯に飛び乗ってどこかへと消えたけど。
浜のゾンビはハナ姉のツボに入ったらしい。
操縦席で嗤い転げてた。
「あいつら届きもしないのに無駄なことを!!」
ああ、そっちか。
あの人たちも必死なんだから嗤ってあげない様に。
「徹甲弾装填よーし!!」
は?
エサちゃんが砲座に戻ってた。
散々、ボクの身体にまとわりついてたのに。
「ちょ、何するの」
「うん? 攻撃するにょー」
引き金引いてて、射撃時の衝撃が装甲車に伝わる。
操縦席側に身を乗り出したボクは目撃した。
幽霊船を貫通した砲弾がぐにゃぐにゃ、うねうね錐もみしながら、浜のゾンビに直撃したことを。
して、件のゾンビよりもそっちのけで嗤ってた、姉さんも目端に涙浮かべて――「エサあー、あんた船長に怒られてきてよ~」だって。
いや、これ連帯責任になるって。
「あちゃあ」
気が抜けるこえを上げたのは、下手人のエサちゃんである。
◇
幽霊船に穴を確認しに来た船長は、目が点になる。
幽霊船に物理攻撃は通用しないってのは、幽霊にバールで殴りかかっても、スカるだけで当たらないという意味で。幽霊を攻撃するならば、先ず手順という者が必要だ。
それら手順そっちのけで法則も曲げられたのだから、驚いているのだ。
「おいおいおい...」
穴のから覗くと、砲座からエサちゃんが無邪気に手を振ってた。
彼女曰く『邪魔だったんで撃った』だ。
「おいおいおい...」
穴側から振り返ると、対岸の砲門から抜け出して浜へ。
誰一人も船員が巻き込まれていない珍事。
「ま、穴は塞げばいいが。砲弾になに刻んでんだよ、あいつら?」
◆
同時刻の浜辺。
一掃された魔獣たちの死体に群がるゾンビたち。
腰に帯刀された小剣で、毛を刈り、突き立てる刃――分厚い皮脂から肉を暴く。ただ今、浜のあちこちで魔獣の解体ショーが見られるそんな状況なんだけど、ひとり必死に海へむかって魔法を放つ馬鹿がいる。
やや冷静さを獲得したゾンビが彼に近づき。
「いい加減にしろ!!」
と、腰に蹴りを入れて吹き飛ばした。
最後の詠唱魔法は、直近に着弾して海水をモロに被って、ふたりは激痛で叫んでた。
「何やってんすか?! 隊長に班長も???」
肉を摂取して、隊員たちもようやく理性が戻る。
ここ数日は飢えによる狂乱状態。
動くものすべてに攻撃してた。
不思議なことにオドが尽きる様子もなく、また、マナに満ち溢れていて調子はいい。
生理現象の一つ、飢餓だけは、なかなか満たされなかったのだ。
「くそー、お前のせいで私まで海の塩を被ったじゃないか!!」
死んでいることは理解している。
半死半生の状態であることも理解して、特務機関時代の知識を利用してのゾンビ化に成功した。
最終目標は、不死者化へ移行させることだが。
成功例は無い。
「...隊長っ」
歩きにくそうな兵士の一人が肉を持参。
今、焼いて焼却処理した。
これで塩味でもあれば、まあたぶんそこそこ食えるようになるはずだけど。
彼らには味覚がだいぶマヒしたものになってて...
助かってるところもある。
「班長が砲撃してたのが、アレだ」
視力も完全に回復した者は少ないけど、目を細めればなんとか見える。
ああ、あの沖の~って声が漏れれば十分だ。
隊長だって完全に見えてるわけじゃない。
「先ずは、彼らの話を聞かなくてはならん!!! それから攻撃しても、我らは死者だからな」
時間の有無の話である。