- C 611話 カリマンタン島戦線 31 -
幽霊船から砲撃がはじまる。
砲撃の目標は、エサ子が曳光弾を投射した地点に絞られて。
点攻撃ではなく、面の制圧攻撃が行われた。
洋上に浮かぶ帆がボロボロ、船体も藻やフジツボに侵食され、傷んでいるように見える10隻の船。
その帆船から斉射される砲撃の威力は、冷やかしの嗤いをあっさりと看破する。
魔法で戦ってるゾンビも容赦なく吹き飛ばしたけど...
死んでるから、大丈夫だよね。
「...曳光弾か」
エサちゃんに踏まれながら、
いや、時々頭も踏まれる。
彼女からは「ごめん」って悪気の無い声音が聞こえはするんだけど。
なんというか、いや。
釈然としないっていうかさあ。
踏みすぎ。
膝でこつこつって、小突いてくるんだ。
振り返ろうとしたら顔を踏まれたし。
「ダメ、見上げちゃ!!!!」
軽く怒られたっぽい。
小突いてくるのは、催促しているから。
ほら、給弾室が空になった。
「曳光弾から先に無くなるよ?」
ボクは頭上に生暖かさと、柔らかさを感じてる。
目を瞑って感覚を研ぎ澄まし...
「こ~ら! 想像すんなし、マルちゃんは私の手の届かないとこのフォローだけ...して」
むむ、遂に甘える言葉を身につけた、か。
いや、そのたどたどしかった初心な甘言の方を聞きたかった。
はじめてって、何かと嬉しいもんじゃん?
エサちゃんよ、キミのはじめては誰に使ったんだ?!
「ま、この後もこうやって、砲撃する機会が訪れる可能性は無いかもしれないし。今は、船長さんたちの精密砲撃の誘導に使った方が得だと思うんだよね。それに、さあ。無くなったらマルちゃんが補充してくれるんでしょ?」
甘言を覚えたついでに、どうやったら相手の心が揺れるかも覚えてた。
かつて、ふたりでじゃれてた様子を“幼女相撲”とか揶揄われるような可愛さがあったもんだけど。
ボクは口を尖らせて、
ボクだけが成長していない様に見えるんだろうなあ。
ちっこいままだし。
目の前が急に暗くなる――「あ、違った」
え? な。な、なにが...ちが...あ、磯の香...
「こらこら、詮索しないし考えない、いあ..つ、ついでに嗅がないで!!! は、はず」
エサちゃんの動揺。
いや、これもちょっと珍しい。
「ちょ、お・ね・が・い」
「は?」
「えっと、ね。マルちゃんのパンツ、ね...ちょうだい?」
ん?
◆
領都内に現れたのは、おそらくはゾンビと化した公国市民と、それを糧とする魔獣たちだ。
欧州の各地で生じた国境紛争や継承戦争によって、ゾンビやグールの負の遺産が急増し、結果、捕食者も増えたという報告が生々しく記録されている。グラスノザルツは幸いにして、国内紛争と呼べるほどの大規模ではなかった為に、他国ほど深刻なダメージを受けることがなかった。
「幸いか...」
旅団長の眼に映るは、城壁を越える魔獣たちだ。
その殆どははばたく種族であるという。
「ゾンビはどうしましょうか?!」
遺跡は領都の行政地区にある。
陣地からやや北東に1キロメートル先へ、足を延ばせば辿り着けるだろう。
教会の尖塔から見る限りは、日中の内には近づきたくない雰囲気だ。
「ああ、厄介だ。アレを攻撃して数を減らすと獲物を横取りされたと、魔獣たちの気がこちらに向けられる。301だけならば切り抜けられるが、(一瞥の先は、教会の周囲に陣地を敷いた公国軍だ)彼らだけではひとたまりもないだろう。で、クスリは使い終えただろうか?」
逆に旅団長が、部下に問う。
「必須の量に達したと確認しております。発動条件は“襲撃された”で、宜しいのでしょうか? 何分貴重な戦力ですし、こちらが起動させた方が」
制止させて。
「――突如、背中合わせに戦ってた戦友が化け物になったら、それはそれで恐怖だ。錯乱した兵士ほど今のこの状況にはふさわしくない。確固たる意志で『生き残ってやる』くらいの高揚感にあふれた兵士が欲しい、まあ、それだけだがな」
士気は高ければ高い方がいい。
鼓舞スキルを遣えば否応なしに上がるけど、それでも戦力差が縮まるような結果は覆せない。
そこで301魔導旅団は彼らに一服盛ったのだ。
さあ、目覚めろ!
帝国の猟犬ども!!!
ってな感じで。