- C 609話 カリマンタン島戦線 29 -
聖櫃の目的は一貫している。
人々に新しい秩序を与える事だ。
が、目下の問題は東洋の後宮から、攫われた“総長”の奪還なわけで。
元帥府に篭絡された離反者も、頭の痛い問題で。
カイザーヴィルトで指揮を執る魔術師としては、この城も守り通す使命がある。
「総長の行方は掴めたか?」
魔術師の顔に熱いタオルが。
湯気の出が悪くなると、若い従者がさっと取り替えてた。
健気だ。
「後宮の奥ってのは分かってますが、後宮府との接点がなく...難航している状況です」
王国は協力的にみえて、現実は非協力的だ。
聖櫃は技術提供者と同時に、戦争をもたらした死神か何かみたいに忌避されている。
総長の誘拐は『何かあれば一蓮托生』という意味でかどわかされたと、捉えてた。
「(あいつはドン臭いからなあ...)拉致られて、三月だ。戦争が終息したら、救出の道が遠のきかねない。元帥府の離反者を煽りつつ、国外に散った工作員たちの尻も叩け!!!」
◇
着物の監獄から救出された総長は、肌着のみで湯殿に到着。
「基礎能力を図るべきでした」
と、戸一枚向こう側から謝罪の声音が届く。
「あ、いえ。えっとご期待に沿えず...ごめんなさい」
肌着のままでじっと項垂れてた。
再び、湯殿勤めの侍女たちに気を遣わせてて。
「あ、自分で脱げますから」
「いえ、脱がずにそのまま」
湯あみで、本格的な湯を楽しむのとは違うと諭された。
「えっと...頭、ごわごわします。身体も、ちょっと汗ばんで」
「ですから、椿油を拭って新しく沁み込ませますし。小さな運動でしたが、その汗もこの湯で流すだけに。濡れた肌着を交換したら、動きやすい着衣に着替えてもらい...女王陛下にお目通り願う予定です」
細く返答して。
彼女は侍女たちが抱える桶に黒髪を委ねてた。
気持ちいか否かと問われたら「微妙」と返すほかない。
櫛ですかれて、頭皮の油でゴワついてた髪も艶が戻ってきたようで。
「お綺麗な髪です」
――だって。
やや変な照れ方をする。
「あ、ちょっと聞いても?」
「はい?」
「なんで...わたし、こんなトコに」
侍女たちは口を閉ざす。
知っていても言えない事情があるのかも。
「陛下にお聞きください」
肩から腕、胸やお腹に湯を当てられた。
柔らかく熱すぎないお湯だ。
う~ん、これ眠ってしまいそう。
眠気に誘われたところで起こされる。
「終わりました」
「えー!!!」
「ささ、肌着と着物のお着替えを」
催促は続く。
◆
元帥府の奥には神殿がある。
外の世界が40度を超える異常な真夏日であろうとも、この神殿は寒いくらいによく冷えていた――最深部には、人魚族の神像が安置されていた。東洋王国の皇位継承権が女性だけに与えられるいわば、歴史のような物語が、この神像を通して奥のレリーフから読み解くことができる。
胸から上は人のよう。
腹から下は竜のような像は、女神に一太刀くわえんと十文字槍を天に突き上げていた。
で、その神像の傍に若い男性が寝かされてた。
活きのいい半死半生の身体。
「皇族の子たちは脆くて困るよ、私の身体はタフで無くてはならん!!」
そんな皇族はいませんって声が返る。
股下を豪快に掻いて、爪の匂いを嗅ぐ――うーん...性病ですね。