- C 607話 カリマンタン島戦線 27 -
「では、お言葉に甘えて」
どこかの吸血鬼みたいだけど、他人の家や部屋に招かれないと入れない性格のようで。
声が掛かるまで、扉を半開きにして中を窺ってた。
書類仕事が一段落したので、声が掛かるまでそわそわ待ってたらしい。
「律儀だねえ。いや、難儀なやつだねえ」
シルクハットと外套はハンガーラックの方へ。
いかにも上等そうな光沢ある紳士服に、嫌味の一つも言いたくなった。
これも国民の血税が注がれていると思うと腹も立つ。
「お、お気付きですか?」
注意深く見ていただけ。
紳士服のブランドとか、まあ、その辺はどうでも良かったんだけど。
「これにはシルクが使われてましてね。諜報員としてはこれが戦闘服ですので、特殊な魔法触媒なども使われているのです。接近戦における刀傷や銃創などにも効果があ、あり...」
おや?なんて、声音が。
自慢げに話してて、諜報員と准将の間に冷ややかな風が流れていった。
「あれれ?」
「服の自慢なら帰れ!」
ひと仕事終えた准将は、開いたカップに琥珀色の液体を注ぐ。
甘い香りと独特な焦げた匂い。
「スコッチだ。あちらのエルフから毎年、贈られてくる...君も、嗜むかね?」
外交武官だった頃の付き合いで。
小ブリテン島に派遣された頃の古い友人。
当時、ふたりは若かった。
ま、エルフなのであちらが年上なのは、間違いない。
「んんんんん、や、灼けますね喉が」
注がれたグラスの琥珀がとろりと動く。
指一本分の暈で、ストレートタイプ。
氷とか、水なんて入れずに飲むスタイルをいふ。
ま、灼けて当然。
これは族長オリジナル。
樽から取り出した未調整の最高濃度。
「で?」
要件の催促。
「まさか、あのような解決策で大陸からの利権を保持したまま、集結できるとは」
准将の襟からまたひとつ、ボタンが外される。
軍服は時に窮屈だ。
「我らも寝耳に水って事もある。ただ、今にして思い返してみると...ああ、なるほどそういう事だったのかと。納得もできるシーンは無くもな...い、いや。陸諜が動いてたんだ、そうでもないか」
元帥府からのエージェントが首を傾げる。
准将の目がグラスから僅かに紳士に向けられ、
「戦車の件だ――我が国の工業力に合わせて“白服”らは、技術の提供と量産体制の強化などの支援をすると言った。(紳士から「はい」と反応が返ってくる)だが、それ以前から陸軍では欧州の偵察装甲車なる軽戦車の開発に着手していてな。おおよそ、平均値に至っていたというのだ」
白服の手を借りずとも、数年内には生産してたかもしれない。
ただ、その時間が前倒しされた。
◇
元帥府の寝室――
窓の縁に性病に悩む元帥と、今宵のお供に用意された青年が転がってる。
「遊ぶために、若い将校をつまみ食いするのはご勘弁願います」
妙齢なる女性将校が入室。
直後にベッドで伸びてる青年に一瞥してた。
「お前たち長老衆が、艶町から男娼を釣り上げても良いと言うのならば、そうだな。今の行為をやめても良い! 今しばらくすれば、この肉棒も...腐り落ちて使い物にならなくなる」
こめかみを押さえ、
「このような自堕落な遊びを控えればその身体、腐る事も無かった...それだけの話ではありませんか?」
「嫌な女だな?」
深く息を吸って、細く吐く。
長老と呼ばれた女性将校は項垂れた。
「よく言われます」