- C 600話 カリマンタン島戦線 20 -
ゴーレム製8輪装甲車の中は、魔術的に広い空間操作が可能になっている。
外見的には全長6メートル超のトラックそのもので。
装甲車という概念が無いなら、大砲が載る戦車と大差ない。
ま、対物理耐性の防御魔法と対魔法の防御が、それぞれ刻み込まれた特殊装甲に覆われている。
例えば何某のバールでもってしても、力任せではボクの傑作は傷つかないだろう。
いや、そのバールに何らかの属性を付与したとしてもだ。
およそ確率半分で術式の解除が成功する。
「替えのパンツが見当たらないんだけど?」
トランクみたいな部屋からボクの声音が漏れる。
いや、まんまトランクだ。
車体内部に転がり込むと、車両正面側に“運転席”がある。
やや中央に“旋回式砲座”があって、エサ子の指定席。
後方のすべてが兵員輸送スペースとなっている。
その輸送スペースと砲座の間くらいなところに、片側8つのトランクハッチが設けてあった。
つまり、このトランクの扉を押し開けると――文字通りにトランクルームへと変容する。
ま、全部で16部屋用意させてもらった。
「――つまり、このトランクルームの空間は現実世界の尺度で観測は難しい。魔術式によってある種の多次元にスペースを突き出させている状況で、術式の効果が無くなると...考えたくはないけど、周囲から受ける対外的な圧力によって元のサイズまで圧縮を赦すことになるだろう」
「誰に話してるの?」
扉の前でハナ姉が問うてきた。
いや、誰も――なんて応えちゃったけど。
彼女は「ふーん」って素っ気ない返事になった。
拗ねちゃったかな?
「まあ、いいや。マルの部屋を見て、散らかってたから私の好みで、引き出しの順番を替えといた。ショーツはお前の後ろの小さなクローゼットにまとめておいたから...ちなみに太陽の香りが付いた、洗濯物たちもお姉ちゃんがせっせと取り込んで畳んでおいたんだぞ!!」
って甲斐甲斐しいアピールを、それとなくぶっこむ。
ま、その流れの中は想像できる。
ハナ姉だ。
洗う前は嗅いでるだろうし、
干し挙がったのも、頬ずりしてるんだろう。
「あ、ありがとう...お姉ちゃん」
その台詞は地雷じゃないけど、引き金に等しい。
アロガンスがハナ姉のくねくね動く怪しさを目撃して「変態がいる」と叫ばなかったら、ボクは襲われてただろう。
貞操の危機。
「いや、それはマルちゃんの恥じらいに起因する」
声に驚いてベッドに視線を向けた。
姉に続き、侵入者発見!!
エサちゃんだ。
「そもそも自分の部屋ってさあ、もっとプライベートを大事にするもんじゃない?」
え、たかがデジタルデータので?
「そのたかがって思う心の隙に問題あり! ここで着替える訳でしょ」
頷く。
「じゃ、他人がそれを覗くのはプライバシー侵害では?」
それを言うと、あなたも。
「そ、わたしも...マルちゃんの伴侶ではあるけど、互いのセンシティブさには気を遣わないといけない。例えば鍵をかけるとか、着替え中は視覚疎外効果で己を覆うとか...ね」
言われてみれば。
デジタルデータだから見られるくらいは平気だと、どこかで思ってた節はある。
巨悪なくろんぼを見せられたら不快に思うのだから。
その逆も。
「その逆は、嬉しいだけなんで」
「はあ...じゃ、エサちゃんも出て行って」
あーいって、彼女も追い出した後。
ボクはゆっくりと着替えることが出来た。
◆
陸のゾンビと、水死体たちが入り乱れるという多分、この世でとてつもない不毛な戦いが始まった。
陸地のゾンビたちに自我は無く、ただ、陸に揚がろうとする者たちの排除に対して“機械的”に動いてた。