- C 598話 カリマンタン島戦線 18 -
北カリマンタン島に上陸した公国軍を迎えたのは、不死者の軍団だった。
その揚陸戦はさながら、魔王vs人類の構図のようで。
揚陸された2万の兵のうち、約4割が沖の艦隊に辿り着くことが出来た。
公爵から宗主国へ飛び。
謀神の耳に入るよう手配された――「そうゆんは他人づてでなく、陛下からあたしに直接パス繋げてもろうて、口頭で聞きたかったですわ。ただ、もうあかん思うけども...その不死者ってその、確認しないとダメっぽいちゅうとこですん?」玉座の背もたれ越しに、彼女は自分の主君へ問うた。
「心当たりはあるという、ことか?」
「心当たり...と、言えば無くはない。そんなん感じですけど」
鈍い骨の軋む音が聞こえた。
玉座にふんぞり返る国王が肩の骨を入れ直す音。
まあ、聞いてていい趣味とも言えないんだが、総長は手もみしながら。
「肩をお揉みしますん?」
「いらんわ。妖怪が!」
玉座の背もたれを2、3叩いて――壁の中へ消えた。
あちこちに隠し通路がある。
彼女が使ったのは国王のものであるんだけど、それは然程重要なことではない。
「老師か?」
柱の影から宮廷魔法使いの長老が現れる。
明らかに顔の中心がしわくちゃになっているようだ。
「気に食わんか?」
「勿論でございます。ヴェネツィア連邦のみならず、グラスノザルツにも通じる稀代の策謀家。かの帝国の魔女より直系の子孫とのことですが、何ゆえに重用されるのです?」
ことさらにという言葉は用いなかった。
スカイトバーク王の鑑定眼を、否定する事になるからだが。
もう一つ。
決定的に袂を分かち、敵対者にも成りたくは無かった。
これは同じ穴のムジナである、直感めいたもので。
「ふむ、宮廷魔法使いという立場では、確かに面白くは無いだろうな。余も配慮しよう。その上で、だが...あれを重用するのは単に使えるからという点が割合を占める。スカイトバークの国力を、或いは軍事力の基礎はアレの進言からなる。では、無下にもできんだろ...有能な娘だぞ?」
「娘ですか? 外見に惑わされては」
老師は咄嗟に口をつぐみ、当たりを見渡す。
「そう、邪険にするな。しかも、魔女に年齢など些細なことなのではないのか? 外見も然り、他人に侮られないために態と老人として振舞う者、その逆もまた然り。幾通りの人生であれば、今見せているもので余波十分である――怠け癖の“総長”が今回ばかりはやる気になったのだから、余としても重畳だ」
老師の口髭から呪言めいた声音が漏れる。
誰かを呪ったのではなく、己の腰へのいたわりだ。
スリップ事故で、最近、ぎっくり手前腰になりかけた。
それへのケアと称する快癒魔法であった。
民間療法みたいなものであまり効果がない。
どうせならば、ぴんく☆ぱんさーのクラン館に出向いた方が、少しは楽になるだろう。
あのクランは表向きの職業が“治療院”であるからだ。
◆
不死者が跳梁跋扈する北カリマンタン島の北部・ブライトの海岸線から上陸する影がある。
不死者には不死者が似合う。
魔王ウナ・クールの召喚に応じて、船幽霊たちが召集された。
いや、実のところ“ペンギン郵便”の長距離伝書にて、南極から“フライング・ダッチマン”を呼びつけたのだ――「あれ~こんな海に未回収の戦没者が浮遊してるけど? これは怠慢じゃないのかなあ」なんて挑発にも似た手紙だった。
そんな手紙を受け取った船長らは幽霊船を出さない訳にはいかない。
で、数十隻の不死の軍団が終結したのである。