- C 596話 カリマンタン島戦線 16 -
サバ公爵の邸宅は本館と別館、城塞の施設からなる。
城塞は令嬢が15歳の誕生日に自らの威をもって建設させた軍事施設だという。
年老いた父らは別館にて静養中で。
公式な場以外での目撃は、この別宅から出てこないようだ。
「公式、か」
大人の歩幅に併せて歩くというのが、幼女に対して如何ほどに苦痛か。
黒蜘蛛の身は大番頭の腕の中へと移動。
念願の御姫様抱っこである。
「何を憑けてるんです?」
「別に何も憑依させておらん!! 霊媒体質みたいな言葉で囁くな。ベビーパウダーとか...まあ、オイルだ。この時期の乾燥は肌にもこう、髪質にも良くは無いと聞く。故に...」
抱えていると、小さな凶悪犯からミルクっぽい匂いがする。
見た目は10代の小さなお嬢さま。
だが、実態は。
「こらこら詮索するな! で、その騎士と言うのは」
気が散ると大番頭は、かつての師を想起する。
彼よりも長身で腰まで伸びた黒髪はしなやかさと弾力が。
伸ばした腕に毎度ながら首を絞められた記憶が鮮やかに。
「それは絞め殺そうと...っから!!」
「は、はいはい。洒落が通じなくなりましたか?」
もとからだろと、幼女からの蹴り。
端から見ると、我儘な娘が父親とじゃれているようにも見え。
路地端で大番頭に吐かれた。
「な、なんじゃあー、その反応は!!!」
◆
公爵令嬢の周囲には常に1組ふたりの騎士が付く。
女性よりも2頭身高い、白色の外套、目鼻を隠した鬼の仮面と反りの浅い長刀の騎士。
それぞれの体躯が微妙に違うので、同じ人物と出会う確率は稀のようだ。
「大魔法の...」
「ああ、ソレの話? 問題ないわ。宗主国の方々が片づけてくれるもの」
父に似ず、艶のある下唇へ指の腹を這わせ。
ぷっくりと膨らむ肉厚さを感じつつ。
「この島がキライ。でも、立地はスキ...わたくしが遊ぶには丁度いい要地よね?」
確認のように告げた。
ふたりの騎士は首を垂れて――「御心のままに、我ら聖櫃は御身の前にて」と。
◆
404エラーズの指揮官にして、責任者たるラミア・リリードリスは終始首を垂れてた。
怒られる役目も彼女の公務に入っている。
「で、腰が痛くなった...と?」
義妹に心配される姉。
これはこれで念願かなったりのシチュエーションだ。
「さあ、義姉ちゃんを抱擁して」
「それでは痛めた腰に障ります。優しいマッサージをご希望と言うのでしたら、わたしも鬼でもないので義姉に何かしてあげようかな、とか。思わなくもないのですけども...上層部の方々は何と申されていらしたのですか?」
ラミアの細めが開く。
ああ、そういう事もできるんだ。
糸目のひとの“威”もかっこいいね。
ボクもいつか、やってみたいもんだ。
「何も掴んじゃいなかったよ。こっちも何か聞けるかで公務を果たそうとしたんだけどね。そもそも409の離脱の方が問題のようでさ...あの子らだって必死に孤軍奮闘の大活躍をしたじゃないかって悔しくなって...最後までまともに聞き耳を立てる気分じゃなかった」
「でも?」
ラミアの視界に豊満なバストが飛び込む。
上下に揺れて、
ああうん、柔らかそう。
「でも、艦隊からの通信に割り込んだ本国からのが興味深い。“特務機関”からのものでね、301魔導旅団が北米探索から呼び戻され、この界隈に来るそうだ。まったく、長老どもも何を考えてやがる」
世界には未だ、未開って呼ばれるところがある。
北米と南米に太平洋の東側の方。
南極と北極は魔獣の生息域なので、人類は果敢に挑戦することはない。
だって、300年も前にやって痛い目をみたのだから。
で、グラスノザルツ連邦共和国は、新たな植民地を求めて西へ動いたという訳だ。
とりま旧時代の地図を頼って西の超大陸へ、か。