- C 594話 カリマンタン島戦線 14 -
サバ公爵のような御仁が、兵を鼓舞して回る。
国内の通信機関を総動員でもしたように、大々的に集めて――健在な国軍のアピールをして見せた後に、フラッシュがたかれる光源の中心へ、若い公爵令嬢が招かれた。
「余の愛娘にして、公国の未来とならん嫡子を紹介しよう!! この愛娘こそ我が国の希望、将来の公王そのひとである!!!!!!」
騒然とする一堂。
予想はしていたけども、婿を娶った形でその男子が公王になるものだと、思われてたのが大半だった。で、あれば――宗主国である本国より、今上国王の末子などが婿入りをして更なる王権の強化が図られるというのが、大半の見方であったわけだ。
そうした社会学者も掌でも返すように。
そう、まるで予想でもしていたかのように新聞の“論説”ページに寄稿していった。
――公国の将来、期待すべき若き才媛の少女王とか。
いやいや。
もう彼女は20歳を迎えましたんで、女王陛下でもよろしいかと。
さてさて。
この記者発表の同時期にはもう一つ。
大きなプロジェクトが動いてた。
東洋王国に蹂躙された祖国・北カリマンタン島の奪還という大仕事がだ。
霊脈を解明不可能な驚異的魔術で破壊されたものの、以前としてかの地は資源豊かな土地である事に変わりがない。また、大陸と他の海域へ睨みが効かせられる要地でもある。
この地域の安定のためにも。
サバ公国は健全でなければならないわけだ。
◇
公爵令嬢の両脇に立つ軍人は、すらっとした長身の謎めいた者たちであった。
物静かで、凛としたところがある。
記者の目からみたところ――御伽噺から出てきたような“聖騎士”のようにも見えたという。
公国には教会勢力の基盤はない。
宗主国から送り込まれた雰囲気でもないし。
印象的といえば、白色の外套に目鼻を隠した仮面が気になったという。
よくよく見ればそれこそ、特徴らしい特徴はあるのだと思う。
例えば...
詰襟のすぐ下に白銀のブレストプレートがあって、その中心に赤字の十字紋が彫られてたり。
腰のは黒皮革つくりで高級さが際立つ金糸が織り込まれ、紐の先にサーベルが提げられてたとか。
人物で言うと...
記者は首を傾げる。
あれ?
ちゃんと見てた筈なのにこう、指が。
「話にならんな、殿下の側近となれば“謎”ではなく社交的な意味のものであろう。ま、選りすぐりの美男な騎士を傍に置くというのも考えられなくもない。よって、フリージャーナリストのお前さんの企画は、うちの社風には合わんと編集長の俺が却下する」
カメラを首に提げた男が肩をおとして、雑居ビルから這い出てきた。
確かに飯のタネとしちゃあ、弱い。
でも、あれの違和感は、記者会見の場に居ないと分からない。
他の記者たちは雰囲気に呑まれたかもしれないけど。
彼はそれだけ必死だった。
よろっと路地の影に入ってレンガつくりの壁に肩を預けた。
ぐぅ~って腹の虫が鳴く。
「なあ、あんた。腹空いてるんかい?」
猫背の中年男性が問うてきた。
大きな団子鼻は酒で灼けて赤く光り、さながら“赤鼻のトナカイ”のよう。
う~ん、時期はとおに過ぎたんだけどね。
「俺に、か?」
「あんたじゃない誰かが、そこの壁にもたれ掛かってるんなら教えてくれよ?」
鼻で嗤われた。
記者も肩を竦めて「ちげえねえや」と、ぽつり。
「俺に飯を?」
「ああ、ギャンブルで一儲けしたんだ。このツキが泡と消える前に、他人にお裾分けするとな。また、勝てるってジンクスが俺の中にあるんだわ。...っで、今、俺の目の前には腹の虫を鳴かせてる、あんたが居るって訳だが...どうだい?」
まあ、そういう事ならって。
警戒心も解かれるわけだ。