- C 585話 カリマンタン島戦線 5 -
海軍省の将校は、皇室に報告する義務がある。
戦争の趨勢とか、状況ではなく。
女王から尋ねられた「私の艦隊は何処へ?」の御言葉に対する、答えを。
まあ、これは口実である。
後宮府の奥の院にある御大から、元帥府の首根っこを押さえるネタが欲しいと所望してきたことがきっかけ。陸諜は大陸戦争の後始末で多忙の極み故に、政府を通して高等警察庁に話が落とされ、あれやこれやと転がって、ついには海軍省までもが巻き込まれた。
えっと、誰が所望してたんだっけ?
まあ、海軍省の高級事務官も付け人として、将校のひと組は王城の門前までやってきた。
そこで、将校は見た!!
大人げない人たちの面の擦り合いを。
◇
「死にたくないなら、そこドけや阿呆がっ!!!」
門番に絡む人。
回り込むと、目を血走らせてる元帥が。
「閣下」
「閣下」
双方から“閣下”と呼ばれる人なんてそうはいない。
まあ、将軍とかならワンちゃん。
いや、階級で呼ばれるか。
「兄上様。メガネ、メガネを忘れてます!!!」
取り乱したように美少年が飛び込んでくる。
銀縁のスタイリッシュでカジュアルな雰囲気の眼鏡。
あのフレームはお高いのでしょう?とか、ティータイムでは話が弾みそうな。
え?
あねうえ...さま?
「おうよ、鶴丸ではないか!」
豪快に嗤ってるけど、振り向いた先は白壁なのです。
よーく見ると、跳ねた泥が絶妙ない位置で3点見える――あれですね、沁みの点が人の顔に見えるという現象。目の悪い元帥にも同じことが生じて...。
「兄上様、こっちです。こちらに相棒がございます」
手を取り、引き寄せ。
アイテムを装備させた。
「むむ、見える!」
「はぁ...」
門番も般若のような面を緩めた。
が、踵を返した元帥は――「門番、私は何に話しかけていた!!」
そこ?!
「門柱と私の間でしょうか」
メガネをずらして空虚を見る。
再びかけ直し...股下を豪快に掻きだした。
「うむ、素直でよろしい。儂の恫喝に堪えた強者であるならば、だ。褒美を取らそうぞ、何ぞ望みの物を言うがよい!!!」
頓珍漢に豪快な人物なんだけど。
門番にとっては迷惑な客でしかない。
そもそも、元帥府の奥から滅多に出ない人が、だ。
朝とも昼とも言えない陽の浅い時期から徘徊するのも、やや嫌な空気が流れている。
「後宮府より禄を食む者。高望みをするは身を滅ぼしまする...その話は聞かなかったことで。して、この度のご訪問はどちらへ?」
というのも皇族への面会ならば、門が違いますよという意味。
今の女王からして、元帥を家族と呼ぶのならば、一族として専用の門から迎え入れられるだろう。
「いな、あれと私の間で話すことなどは無い。こちらから、此処へ参ったのだ勿論、奥の院に隠れあそばれておられる。後宮府の主、太皇太后さまにお会いしたいと思うてな、よいであろう?」
はいどうぞ、とはいかない。
皇族であるからこそ、敷居の高さや規則がある。
日差しが良かったし、近くまで来たから寄ってみたあ~
なんてことが赦されるような軽いとこじゃない。
回り込んで腰を抜かしかかってる、海軍将校でもそれくらいは分かる。
彼らも、後宮からの声掛かりがあ無ければ、参内まで幾月も待たされるものだからだ。