-1.4.3話 海賊島-
「今のは、砲撃音だな?!」
女将軍が自室から飛び出してきた。
既に水軍経験の半魚人たちが持ち場の甲板に集合している。
准士官と先任士官は勅任艦長の周囲に立ち。
シミターを腰の両脇に携えた将軍に一礼する。
「位置は分かるか?」
「霧が濃すぎて把握できません」
完結に答えている。
メインマストに見張りが登っている。
艦長とともに彼を見上げ、
「光、4、いえ5見えました! 距離、400から500」
「意外に近いですね」
「ああ。この海域から考えれば」
操舵長がガイド役の人間に視線を向ける。
この航海から3人の海賊がガイドとして乗船していたが、どうにも打ち解けていたようには見えない。その彼らが『海賊島まであと幾らも無い』と告げる。海賊島の周辺は普段から濃い霧が立つ。故に、当局の目から逃れてきたが、その当局も拠点が近いことを熟知しているような雰囲気で、近年特に多くの軍艦が派遣されていると話している。
「それで我らの力が欲しいのか!」
「では、少し警備兵どもを驚かしてやろう」
2本のマストに操帆士たちがスルスルと登る。
トップセイルとコースセイルに補助帆を足し、最大戦速で砲撃している海域に飛び込んでいった。
コーストガードの船種はブリッグが用いられている。
2本マストにトップセイルとガフセイルを組み合わせた、トップスルブリッグとでも言うスタイルの約30m級帆船に類する。対する海賊のは小型船よりも漁船にちかい。到底戦力は期待できないし、水面に砲撃されるとたちまち木っ端微塵に吹き飛ばされそうなオーバーパワーだと分かる。
そのコーストガードの直ぐ真横にまで急接近してみたピンネースは16門の砲郭から一斉に魔砲を押し出した。
「これならば練度なんぞ関係ない! 撃てば当たらぬ道理無し」
女将軍の呆れたセリフが砲撃の合図となった。
水軍で開発されたカロネードならば、短身砲から重量級の砲丸を速射にも似た速度でムラなく舷側に叩き込めるものだが、デミキャノンの砲丸は取り扱いの良さから割と軽めの砲丸を長砲身の砲から撃ちだすものだ。これによって連射速度は低く威力も弱い。
強化案によって幾らかの連続射撃が可能となっても、超至近距離でも場合によっては砲威力が十分に伝搬しないケースが生まれる可能性を改めて確認したことになる。
都合、全砲門の2倍の火力を敵船に叩き込んだものの、復元力の3分1を辛うじて保ちつつ、ブリックは下層の砲列甲板から静かに沈み始めていた。排水さえ追いつけば、自力で港に帰還できる余力はあるだろう。女将軍も、船乗りなので救助中の敵船を後ろから撃つ卑怯さは持ち合わせていない。
あくまでも攻撃さえしてこなければと、考えていた。
が、コーストガードは大きく船体が傾いているにも関わらず、ピンネースに向かって砲撃を行った。
自船の右舷側砲は、ピンネースの至近砲撃によって潰されているので上甲板に備えられた、8門足らずで応戦している形となっている。
「こんなとこで沈む気か?!」
◆
海賊島の入り江に停泊する形となったピンネースは、全長50m級ガレオンと似たような構図で係留されているようだった。他の周りにある船が漁船から毛が生えたような、船種しか無く余りに対比があり過ぎるからだ。30m級のこのどんぐり(ピンネース)が現在最大級の軍艦という状況だ。
「これでは我らの船を持ってきていたら、こ奴ら泡を喰ったかもしれんな?」
女将軍の呆れたセリフに、勅任艦長が小さくうなずいた。
「ま、期待は持てますね」
「何がだ?」
「これだけ低レベルなら、伸びしろがありそうな予感がしませんか?」
艦長が面白いと思って本音が出ている。
それを将軍が『確かに』と応え、彼女も教え甲斐があると感じ取った。
「では、先ず船からだな」
「そうしましょう」
200人の水軍は、海賊島の住民と協力して船建造に着手する。
材木は、諸島内の森林からオーク材を集める。
海賊船として十分に船足と戦える性能を得るために、スループという船種を建造した。
これは、1本マストに船首のバウスプリットからメインマストへ、フォアステイとジブ(船首に三角の帆を2枚)を張り、メインマストには縦帆のスプリットセイル(不等四辺形の帆)を組み、元漁師でも軍艦を扱えるように配慮した。
この地域の漁船は、ラグセイルが多い。
1本のマストに台形のような帆を組み合わせているが、横組ではなくラテンセイルと同じ縦組の帆である。上部よりも下部が大きく広くなっている点が特徴だ。
故に、この地域の漁師は縦帆の操作が得意と判断した。
海賊たちの母船も一緒に建造することにした。
海賊の母船、コーストガードとの決戦時に活躍する指揮艦だが。
こちらは戦闘艦以上の戦艦にする必要があった。まさしくラテンセイル・ジーベックそのもののようなごっつい感じのを想定したが、魔王の裁可時点で却下された。長距離通信魔法で、魔王の小言を刑罰のように受けた将軍は、落胆したまま計画を断念。
3本マストのシップ・スループの建造に留めた。
ピンネースと同系の規模と火力を有し、ライブオーク材で建造する軍艦だ。
ライブオーク材は、東端にあった小さな島に自生していたものを利用する為、建造する船の数は少ない。
よくて2隻といったところか。
ライブオーク材の粘性は水軍の実験フリゲート(HMS シレーヌ)で実証済みなので、高い対弾性を発揮するだろう。これに1層砲列甲板を用意し、20門の長砲を搭載する。帆装は、縦組のラテンセイルとガフセイルを組み合わせる。
この建造で凡そ、半年から1年といったところか。
「この陽気と潮風は飽きることは無いと思うが、水練までを考えるとこの仕事は...」
「ええ、長丁場となりましょう」
「そうなると私は、船が恋しくなりそうだよ」
「将軍がそのように申されると、私たちも同じです」
巨大な満月が入り江の砂浜に、ふたつの影を照らしていた。
故郷を懐かしむような雰囲気だった。




