-132話 シルクシェル会戦 ⑤-
柘植の指示により、乾いた煉瓦造りの家屋は、道の中ほどに次々と突き崩されていった。
幸い、住人が居なかったことが幸いしている。もしも、彼らが近くで見ていたらと思うと、安易に背中を向けて立ってはいられない。
そんな気がする。
いや、そもそもここの住民はどこへ消えたのだろう。
柘植の不安とは別のところで、問題が燻る。
急遽、野戦病院が作られたが問題となったのは、治癒士不足だ。
信徒兵の全てが、魔法を使う事が出来る訳じゃない。
職業軍人という、信徒兵が居るのと同じ理由で、職業治癒士や、職業装具士というジャンルの専門職があって、治癒士は構成される軍(団)の2%しかいない。これは、育成できる絶対数に偏っているからだが、逆に魔力水剤や治癒水剤などの装具を深い洞察力と、見識だけで使いこなす装具士という人々は、1割以上も組み込まれている。
だが、その彼らも今は、近くに居ない始末だ。
恐らく袋小路の押し問答で、閉じ込められていると考えるのが妥当だろう。
「全く、厄介な街だな?」
柘植は、独り言ちりながら肩を竦めた。
これは、よく調べもしないで街に飛び込んだ、自分たちの不用心さを嘆いた溜息だ。
そしてもうひとつ、深く息を吐く。
「運は悪いが、最悪でもない」
彼の立ち位置から教会の鐘楼が見える。
武官が数名丸盾を掲げて、周囲に立つ。
「バリスタ、展開終了です」
「こんな一本道を用意してくれた軍閥共に、感謝をしないとな」
柘植の口端が緩むと、連射式バリスタが最前線の防塁に並びだす。
ところてんのように、飛び出していた兵士の姿はもうない。
彼らは、家屋を壊すことにその全力を費やしていたり、瓦礫を積んで防塁構築に注力している。
その最終形態が、バリスタの砲座造りだった。
「攻撃開始!」
「攻撃開始!!」
◆
鋼鉄製の矢は、10数本が鐘楼の外壁を削って倒壊させ、豪族たちが頼みの綱とした教会の外壁も厚紙のようにあっさり貫通された。毎分6発――否、6本の鋼鉄の矢が連射されてくるバリスタの攻撃力の前に、生半可な防御の壁は無力だった。
まるで、チーズかバターのように意外とあっさり抉られていくのだ。
これの対象が人ならば、風切り羽に触れただけで、もげたり吹き飛ばされる。
直撃の場合は、人が粉々に砕かれるのだ。
軍師の目の前で、逃げ遅れた神父がバリスタの直撃で肉片にされた。
ミンチであるし、砕けた骨が周囲の人々に二次被害を与える。
まるで散弾のように喰い込んでくる。
「こ、これがバリスタか?!」
「いや、戦争でもない――ただの殺戮だ」
軍師の胃がキリキリと悲鳴をあげる。
こみ上げる吐き気と、吐しゃ物に赤い物が混じっていた。
「軍師殿!」
駆けつけた薬師に、肩を借りて、聖堂の柱に座らされた。
「特攻志願者が後を絶ちません」
他の士族から状況を確認している。
が、軍師の顔色は最悪だ。
「俺も長くはないらしい...バリスタを至近距離で受けたのは、俺たちが初めてじゃないかな?」
軍師に微笑みが浮かぶ。
もう目が見えているかは微妙な雰囲気だ。
「では、」
「待て、俺が逝った後は降伏しろ――なあに、一矢はちゃんと報いてやるさ」
顔の筋肉が緩く解ける。
「此処まで教会軍は来たんだ、タダで返してやるのは...無粋ってもんだろ...」
軍師は酷く荒々しい咳を吐くと、後、豪快に吐血して絶命した。
後事の備えとして、側近の兵は皆に告げる――御屋形様は、クルクスハディンへ向かわれた――。
腹に火薬を括りつけた人間爆弾という、軍閥側の戦死者が僅かに出たものの、市街中心部の戦いにおいては、一応の目途が立った。教会を盾に戦っていた兵士は、残敵5000余りで降伏。6000近くの兵は、ジーワス城へ撤退し、市街の外では死兵覚悟の豪族たちと、白兵戦の真っ最中だった。
これらの終結に1日以上を要し。
軍師戦死を元友軍から告げられ、降伏という流れに落ち着くまで更に1日を要した。
結果的には、損失の算出や状況の把握までにシルクシェルでの会戦は、実に1週間以上が費やされていた。捕虜の処遇については、枢機卿と武官との間に温度差がある。
糧秣を失った事への苛立ちも大きくあったのだが、同士討ちで友軍を1万以上も失ったことの方が大きかった。これは作戦なのだが、信徒兵の殆どが敬虔な信者という楔で繋がれた兄弟たちなのだから仕方のないことなのかもしれない。
ただ、戦争のルールは、教会のルールとは違う。
畜生にも劣る扱いを与えれば、必ずそういう行いは自分たちに帰ってくる物だ。
また、人道を蔑ろにして“正義”を語っても、誰もついてこなくなるというところも考える必要がある。
罪を憎んで人を憎まず――この精神が今、試されるというトコロだろうか。
枢機卿は、皆に分かるよう説いたつもりだが、その反応はまちまちだった。
捕虜が管理下で殺される可能性も考慮して、彼は、豪族たちを赦免する決定を下した。
苦肉の策だ。
無罪放免ではないが、時間ばかり取られたような徒労感があった。
この奇妙にして違和感というのが、シルクシェルの聖堂にて、見上げたステンドガラスに陽光が差し掛かった何度目かの朝に実感する。
「枢機卿!」
「なに...」
振り返る彼の瞳に朝日が差す。
目に強い痛みが走り、膝を突いた。
「クルクスハディンが陥落しました...」
「!!」




