-127話 軍閥軍の敵-
軍閥の本拠地アスラからは第一波として、エサ子の追撃1万が先行して投入された。
この軍は、アデン砦よりふたつほど北へいったアイアンセプの守備兵とその主人たちだ。
街まで半壊させた、エサ子たちへの憎悪は計り知れない。
彼らは、物見として伝令を砦に送りその惨状というのを目撃した。
城は見る影を失くし、残った守備兵は捕虜ではなく、食料にされた挙句、隣の街は一部焼け野原。
非人道赦すまじという剣幕だ。
追撃軍の矢を交わしながら逃げる少数の騎兵には、心底イラっとさせられている。
帝国の使い番の指示が無ければ、数の暴力で騎兵を飲み込みたかった。
挑発に乗る振りをして、今も、馬上弓からの矢弾を放物軌道で打ち込み続けている。
それを、簡単にさらっと回避する様を見て、主人は苛立ちから親指の爪を噛む。
「ちょろちょろと逃げおって!!」
怒りのボルテージがあれば、沸点にある。
乗る振りをして、冷静に彼らを観察していたとしても、やはり何処かで心の端で部下の兵士や、街の住人たちの顔が浮かんでくる。そうすると、平静な状態では居られなくなるのだ。
「伝令!」
豪族の下に、ジーワスから発した使者が到着する。
「カナブルにて陣を張れと――御屋形様よりの下知にござります」
使者は、踵を返してジーワスへ戻る。
だが、ここまで進軍した彼ら、特に族長には聞こえていない言葉だ。
「カナブルだと?! 今更、退けるかよ!」
族長は、1万の中から特に剛の猛る武人を選別する。
再編された騎兵は凡そ、2000騎。
残りは、歩様をやや遅めてゆっくりとカナブルを通過するよう指示する。
族長と猛者2000騎が馬の腹を蹴って、エサ子の背中を狙った。
◆
ジーワスを発する第二波2万が急遽、その矛先をシルクシェラより南の城塞、カーセリィに向けられた。
エサ子たちが散々荒らし、大混乱をきたした地域に教会軍が雪崩れ込んでいたからだ。
アスラに寄せられた、時系列も滅茶苦茶な混乱した報せは、この教会軍が進軍していたからに寄る。
指揮官は、キルトニゼブの枢機卿。
こういう混乱した状況をずっと、狙っていた。
槍使いの率いた1500で、どうこう出来るとは考えていなかったが、正に漁夫の利を得ている。
グレイ枢機卿が教皇を説き伏せ動員する兵力は、6万人。
かつて、恒例だとした信徒兵の実に3倍もの兵力が投じられている。
これは、“この機会こそ最良”、“神がつくりたもう奇跡”と論じたからだ。
“神”だの“奇跡”だのに弱い連中の分かり易い反応を利用した、枢機卿の駆け引きだ。枢機卿の政治力で見事に引き出した力をもって、教会軍はジーワスへ迫る勢いを見せている。
それはまあ、当然の話で。
彼らに抵抗しうる兵力は、西さんのゴーレムによって粗方掃除が済んでいる。
無抵抗のまま進軍してきているのだから、止めようがない。
そして編成が終了した追撃第二波の2万が、急遽、これの相手をする事になったのだ。
アスラ本隊は、教会軍6万に合わせて再び、軍の編成に負われることになる。
これは、もうアイアンセプ城の追撃隊に送る余裕がないことを意味した。
「伝令ー!」
「構わぬ、報告せよ」
脇腹を鷲掴みする軍師が、青い表情のまま報せを受ける。
「アイアンセプ城主殿、カナブルを通過!」
分かっていたことだ。
止まる筈はないということを。
咳をつき、
「本隊の編成は?」
軍師が外の広場に視線を向ける。
「半数以上は、装備替えを終えましたが...」
「ならば、急ぎ御屋形様下へ残りは私と共にジーワスへ」
伝令が俯きながら、
「アイアンセプ城主殿へは?」
「知らぬ、アレにはアレの死に方があるのだろう」
と、突き放している。
教会軍6万との攻防戦は、シルクシェラで開かれることになる。
対峙する軍閥軍は教会軍の半数だった。
◆
「今しがた、物見の知らせが入った」
ドメル子爵が、侯爵の執務室に荒々しく入出してきた。
彼の慌てぶりから、その知らせが大ごとだという事を推察できる。
「吉報だとよいのだが」
「いや、これは吉報だろうな。教会軍が本腰を入れた」
数こそは、物見としての限界だったが“教会軍、メンシィル州に侵攻開始”という報せだ。通例通りの蛮族討滅行脚だと考えれば、2万くらいの派遣と考えられる。しかも、今までであれば決戦に至る前、豪族たちの奇襲を受けて瓦解する彼らには、その心配が無くて良かったというものだ。
これは、方々で奇襲しまくったエサ子たちの功績だった。
「空城の計という、策が裏目に出た結果だな」
侯爵がぽつりと呟く。
「いや、イレギュラーの存在が大きいだろう」
「なるほどな... では、追撃の連中に援軍は無い...か?」
侯爵の表情が緩む『また、ひとつ奇跡が舞い降りた訳か...これも聖女さまの伝説に書き記しておくか?』と肩を揺らして微笑んでいる。その笑みを子爵が『あまり神格化させるなよ? あの娘、そこまでメンタルは強そうではないようだからな』と、零している。
「まあ、何れにせよ教会が動いたのなら、コンタクトを取っておいても...」
執務室のドアを小突く音。
入室を促されたのは、騎士長だった。
「申し訳ない...私の監督不行き届きだった」
「何があったのです?」
「殿下が出奔なされて...」
「は?」
「殿下の事だ、どこかの大貴族に」
騎士長の言葉を遮るように侯爵が腕を伸ばす。
「気になさるな、騎士長殿。彼の価値はもう、無い。いや、彼を必要とする家が無いと言えば納得できるか?」
侯爵よりも、子爵が難しい表情をしている。
「王宮より各領主へダイレクトメッセージが発信されたのだ。先ずは、先の王の処刑が行われたこと。一族への攻撃というものだ」
子爵の暗い表情は、それを意味した。
「処断を行ったのは、宮廷魔法使いその人だが、おそらくは国を混乱させるための策略とみている。確かに殿下を正統後継者として旗手にする手は残っているが、先刻の騎士爵のように王家復興は甚だ難しい。宮廷魔法使いが壊してくれたのだ、これを機に、国を簒奪する者(魔法使い)から守るという名文と大儀を得て、自ら立ち上がる豪族や貴族たちの方が動き易い」
「だから、殿下は命も名誉も、血統さえ狙われない...と?」
騎士長の頬を雫が流れる。
「なんと、惨い」
「それが政治だよ」
「生きられるだけで良し、とするべきだ...すべきだったんだ」
侯爵の言葉が重かった。




