-1.4.2話 艤装ピンネース-
先行している密偵は、魔王直属の諜報部隊だ。
極めて高い魔法探知能力と、環境適応力の高い一群。ライカンスロープ族から選抜されたアサシン・マスターたち。その彼らが、協力者を先行して選抜し、後続のアサシン・スカウトが忠誠心を植え込んで魔王側に引き込むという仕組みで世界政府がひとつ、南洋王国を目指している。
最前線から28里、南洋の真珠と呼ばれた群島、諸島を越えて王都まで44里。
海賊島を目指す、女将軍と半魚人の一行は現地で調達できる最大の船で航海を楽しんでいた。
軍艦では目立つため、軍艦を商船に偽装したピンネースという船種だ。魔王軍には存在しない中型のドングリみたいな船だが、楼郭を備えた感じでは、がレオンにも似た雰囲気がある。
2本マストのメインに上から、トップセイルとコースセイルの横帆、ガフセイルの三角形な縦帆が艤装され、バウスプリット(船首より突き出した棒状)セイルが張られた中型船だ。人間側にはこれの他に、キャラックやガレオンなどの大型の船があるので、中型と定めている。が、実際に全長30m未満の帆船は、魔王軍にとって非常に小さな船種として記録されている。
それでも、戦隊運用で必要な200人がこの船に収容されて余る空間を有していた。
「全く興味深い船じゃないか」
女将軍の興味はこの船の性能にあった。
「加速力は鈍いですね」
「ああ、だが船足は悪くない。寧ろ安定した風力を得られれば、ラテンセイルよりも風を捕まえたときの捕捉力は高いだろう。長距離を踏破する上ではこの帆力は魅力的だな」
女将軍の言葉に、半魚人のクルーも頷いている。
このような船は、水軍に存在しない。
元々、風の動きが機微な地域で生まれた群なので、ラテンセイルの利点を磨いて追及した。結果、ラテンセイル・ジーベックという伝説的な快速帆船が生まれたに過ぎない。こんな小さな船がジーベックに匹敵する遠洋航海性能まで獲得している時点で吸収できる技術は貪欲に取り入れるという方針が立った。
「外洋航海力も見習うべき点があるな」
「しかし、閣下...船が小さいので十分に揺れを打ち消しているとは言い難いです」
「これだけの収容力の割には、火力と対弾性が弱いのも気になるな」
「はい」
士官の半魚人たちだ。
気になっていた揺れは、小型船らしい自重の問題だ。これはバラスト水の確保で常に船体重量を調整すれば問題をクリアできると考えた。対弾性は、材質しか思いつかない。組木の仕組みを変えるか、材木を変える或いは、船体の加速を高めるために船底から銅板を張る強化案を拡大するかだが。
資材の高騰と手間の割に維持も安くはなさそうだ。
火力も多少の問題が残る。
砲郭の増設は、先刻の対弾性に繋がる話だ。
要するに側砲を単純に増やすことについては、舷側の対弾性と防御力を削ぐことに繋がる。
これは本末転倒だろうか。
或いは、建造時に砲郭を増やして挑む手もある。
現在、2層甲板32門艦という括りで建造されているが、南洋王国の軍艦ではない。
「デミキャノンが主砲と考えていいな」
女将軍が砲列甲板にまで降りてきて、艤装後の大砲を視察している。
魔砲を見様見真似で製造した人間側は、実によく模倣したが強度と精度になんらかの不具合があった。
「白波が立つので無ければ、練度次第ってとこでしょうか」
砲術士官の楽観的な考えだが、確かに頷く部分もある。
海賊が使用している船では、このピンネースが最大級かつ強力な軍艦だが、コーストガードと比較すると随分と非力だ。32門、舷側に16門のデミキャノンを装備するも、砲丸の威力よりも砲の反動の方が大きすぎて連射性に弱く、練度も低い。
水軍の半魚人たちの工夫が続く。
車台の後ろを緩いカーブで反動の運動量を上に、天井に逃がすようにする。
また、車台を砲門の両サイドからロープで固定することで、より後ろに下がらないようにするといった試みが採用されていく。女将軍とその一行のピンネース強化案が実験されるまま、海賊島まで続くことになる。
その日の朝は、深い霧が立ち上る見通しの悪い気象から始まった。
あの入り江から発して、5日後のこと。
コーストガードと海賊船の激しい戦いに遭遇することに成ろうとは。