-124話 槍使いと剣士 ①-
マルティアに集められたのは、総勢2万2千の兵。
キルトニゼブを発した時にあった傭兵と教会軍1500との兵質の差は歴然だった。
教会軍は信仰という戒律さえ守っていれば、神々の怒りが下されると信じている信徒兵に過ぎない。これ以上を教会から期待することは叶わない。傭兵も金払いさえ良ければ、持てうる技能の半分は発揮してくれる連中という事で、似たり寄ったりだった。
だが、ウズミナ侯爵を筆頭とした2万の兵は違う。
恐らくは、州内で幾度も演習を熟した精兵と思われる歩兵や騎兵たちだ。
銃士兵も編成され近代化している。
これは、帝国の影響が大きい。
執務室に居並ぶ貴族の顔ぶりも凄い。
総司令官は先刻のウズミナ侯爵が執る。
副長としてドメル子爵が、就任して補佐することが決まっている。
「わ、私は王族だから当然、旗頭だよな?」
と、末弟皇子が吠えているが、執務室のすべてがあまり良い表情をしていない。
「殿下、ここへはゲストとして入出を許可されておりますから...」
騎士長が皇子の不遜な態度を、諫めている。
もう少し恥も外聞もと認識できれば、室内の重い溜息にも気が付いたかもしれない。
「ま、王族などこの程度という事だろう」
エラズー領ウズナラ騎士爵だ。
ウズミナ侯爵の実弟にして、ドメル子爵と槍働きを競い合った武人だった。子爵同様に身体の大きな四角い顔をした怖い雰囲気の人だが、その反面、子煩悩で娘を溺愛している。父親は化け物か或いはゴリラの親戚みたいな面構えだが、娘は母親似で愛くるしい、ハリネズミのような愛玩小動物っぽい雰囲気があった。
別にそういう体に変身する訳ではない。
「失礼いたしました」
代わりに騎士長が首を下げている。
「いや、皇子が勘違いされるのも無理はない。王国がかような状態であるからこそ、いずれの州ごとに次のエルザン王国と動き出す事は必然で在りましょう」
侯爵が騎士長の肩を叩く。
その言葉に皇子が身を乗り出し。
「では、卿らも?!」
「いや、国が内戦で荒れることは我らにとっても本位ではない。その裏に帝国の影があるならば尚更、今は早急に正しき道に直すべきだ」
「ならば、私が」
皇子が騎士長の静止を振り払って前に出た。
「王族という血脈を使えば兵も集まろう!!」
「お前の血統なんてのは、糞の役にも立たないんだよ」
再び、ウズナラが吠えている。
子爵が宥めているが、
「お前に現実ってのを教えてやる。エルザン王国は、かつての帝国から王座を簒奪して生まれた国だ。地方領主たちを恐怖で従えさせた血統に、誰が忠誠を誓うというんだ?!」
ウズナラの言葉に、兄が深い沈黙で返す。
兄弟の母親も宮使いという形で出仕して、王族に手籠めにされた。
執務室に遅れて、イリア伯と槍使いが入出する。
部屋の奥で柱にもたれ掛かっていた剣士が、入出してきた槍使いの艶っぽさに気が付く。
「あいつ、...ったく、」
小さく呟いて、上目遣いに再度、槍使いを視る。
胸が締め付けられる痛みを感じる。
鈍くて、苦しくて、辛い。
心細かった槍使いは、部屋の隅にあった剣士の姿を見つけるや、軽く掌をひらいてみせている。
二人だけの合図のひとつ。
掌を相手にみせてから、親指だけ立てて手を閉じる。
意味としては――みつけた!――的なニュアンスだった。
だが、環境が違ってしまったふたりだ。
剣士と槍使いは大いにバカをやった仲間だった。
それも、気の合う男同士という関係。
高校生の男の子らしい悩みから、他愛もない下ネタでの会話。
まさに親友だと思っていた――エサ子を交えた後も、その関係は変わらなかった。
だが、槍使い(女の子)になった途端に今までが物凄く、恥ずかしく思えてしまったのと同時に裏切られたという複雑な感情が押し寄せる。ふとした瞬間に、槍使いばかりを目で追う剣士に気が付くを繰り返した。
また、顕著な心の変化は、他の男と会話を楽しむ彼女を見た瞬間の情緒不安定さ。
――それは、焼き餅だ。
まだ、剣士は気が付いていない。
エサ子が近くに居れば、気が付かせてくれたかもしれない。
槍使いを目で追ってはいるが、彼女の合図は全く視界に入らなかった。それよりも、『何だ?! あんな破廉恥な衣装を着て、男に媚びでも売る気なのか...あいつは?!』とか腹の中で愚痴っていた。
彼女の重要度が増すたびに、剣士の疎外感は高まるという雰囲気。
彼は、場の空気に物凄く息苦しさを感じた。
会合も半ばで、剣士は部屋を出ている。
「如何為された?」
後を追うようにして、騎士長が退出。
「皇子の方は、よろしいのか?」
未だ、少し他人への気遣いが出来る。
「今の殿下には、命があるだけで幸運だという事を理解する時間だけ。しかし、剣士殿は違うでしょう」
「俺?」
「俺に何が出来ますか?」
騎士長が苦笑交じりに――
「いや、あなた方は、どうも自信があるのか無いのか...過小評価も甚だしい。剣士殿は槍使い、否、聖女さまを支えるが役目。いやふたりで互いを支え合ってきた時があったでしょう。素直に受け入れて上げなさい...彼女は、今が不安な時だ」
騎士長の発破が剣士の胸を突き刺す。
「エサ子殿も今暫くすれば、戻るでしょう」
「?!」
「伝令が来たようで、軍閥の猛追を受けているという話ですぞ」
肩と背中を叩いて、騎士長は廊下の奥へ消えた。
ジーワス城より発した軍閥の第1波をエサ子とスライムナイトの一群で迎え受け、これを一旦退ける事には成功した。騎手を失った馬から接収して、これをスライムナイトに与えた数は210強の騎兵となって、マルティアを陸路で向かうことにした。
怪鳥ゴーレムには、メグミさんらが乗り込み帰還の途についている。
「エサ子が帰ってくるのか...」
剣士は、落ち着きのないまま、槍使いの部屋へ足早に向かった。




