-118話 高度な情報戦 ⑥-
槍使いとその本隊は、何事も無く州を跨ぐことが出来た。
馬上に白い衣を着た槍使い(女の子)が、1500を少し割った集団の実質的な指揮を執っている。
「何か視線を感じませんか?」
槍使いが眼下の騎士に声をかける。
従者のロールに徹している騎士長だ。
彼の他にフードを深々と被っているのは、末弟皇子。
他の元同僚たちは、堂々と教会から支給された、法衣という装束を鎧の上から着込んでいる。
これはこれで恥ずかしい。
「むぅ、確かに。先刻から遠からず離れずで、見られていますね」
視線は、殺気というほど気を張ったものではないが、視線を故意に向ければ何かしらの感情を読み取ることが出来る。いわゆる、見るつもりも無かった対面のスカートから覘く太ももとか、屈みこんだ胸の谷間などもそれに当たる。見ている側より、見られてる側のほうが気になるアレだ。
「ま、何れにせよ、ターゲットはあなたのようだ」
槍使いの方を上目遣いに見ている。
騎士長は鼻で笑って見せた。
それは、槍使いが気恥ずかしそうに、肩を竦めて小さくなろうとしているからだ。
「あ、や...」
「ま、これもギフトだと思って楽しみなさい」
ギフト――ラインベルク騎士伯が残した暗示だ。“世が乱れし時、私は復活して民を導く”と残したという例の演出。純白の絹のような衣を身につけ、三椏に別れし槍を持つ乙女の姿は口伝や書籍、絵画なども含めて多く残されている。いや、人々に埋め込まれた呪みたいなものだ。
いつ発動するか不明な爆弾。
いや、発動させる時期が分かった上で仕込んでいると考えると、つくづく騎士伯の恐ろしさが分かる。
これらを彼の最良でやってのけたという訳だ。
「そろそろ、アマンの街に入ります」
州境で一番大きな街だ。
豪族の気配がないが、王国の歴史ある貴族の領地だ。
確か爵位は、子爵だったか。
「槍使いに伝えておこう、この地域は、教会と友好的な貴族が多い。本来ならば、こうやって軍が進軍はおろか通過するだけでも、先ずはいろいろ報告しないと...」
説明をしている騎士長の頭を彼女が踏みつけて、身を乗り出している。
一群の前からもうもうと土煙をあげて近づく影がある。
「伝令ーぃ! 伝令ーぃ!!」
駆けてくるのは、街から来た衛兵みたいなやつだ。
「こ、こら、槍使い殿っ」
頭に手を置いて乗り出している少女を鞍の上に押し戻す。
「危ないであろうが!!」
「しかし、今――」
「あなたが身を乗り出す必要はない! 待っていれば向こうから見つけてくれるものだ」
と、騎士長は告げる。
伝令は、法衣が立派な剣士の下へ向かい、膝を屈して謝辞を述べる。
そうして何やら伝えると、白衣の乙女への謁見を願い出た。
「聖女さま。我が領主より言葉を託されて参りました」
「はい」
「これより我らドメル子爵は、聖女さまと共に轡を並べる所存にございます――と」
ドメル子爵領は、もともと北方にあった羊毛盛んな小さな貴族だった。
第二帝国が潰えた後、ラインベルク騎士伯によって、家名復興と共にこの地に封じられて以来、数百年代を重ねて幾多の時代を生き抜いてきた武門の家だ。
その武は、第一帝国・最後の皇帝を打ち滅ぼした家として記憶されている。
「ドメル子爵がか?!」
騎士長の目が大きく見開いた。
末弟皇子の方は、やや不満気味だった。
子爵の武勇は、エルザン王国で知らぬ人はいないし、申し出は有難いが、規模が小さい。
いや、パトロンと考えても発言力に乏しいのが気に食わない。
せめてこの地域でも有名貴族なら、男爵か伯爵が出てきて欲しかったという理由だ。
「罰当たりな!」
皇子の呟きを耳にした騎士長が憤慨している。
「今は、猫の手さえも借りたいのが実情なのですぞ! ここで軍閥を寡兵で破るほどのインパクトが無いとこの先、兵さえも集まらなくなるのです。ですから子爵の武勇は金よりも重要になるのです!!」
と、力説する。
それでも、皇子はその金のほうが重要に思えた。
◆
怪鳥ゴーレムの荷卸にスライムナイトの小隊が奮闘していた。
まだまだ、奥にUSB武装の未開封パッケージが眠っているようだ。
「いやー、悪いね? こんなことに付き合わせちゃって」
と、技師のふたりが同じく額に汗をかきながら労った。
マルが送り出したスライムナイトは、まだ経験も浅い中堅兵士ら。
本来のひとりで千人力、とかいう無双は難しい連中だ。
「いやいや、我々も気がついたら追いかれてましたし」
エサ子は、ちゃんと点呼は取っていた。
出発前にスライムナイトたちと、入念なミーティングを重ね意思の疎通も取れていた。が、彼らは食事後眠たくなって揃って昼寝をしたら、置いてかれていた。
「ま、なんつうか...自業自得だな」
「ええ、反省のしようもありません」
「追いかける気は...無かったんだね」
「ちょびっとあったんですけど...」
「あったの?!」
仲間から『そうだったんかー』とか『言えよ、はっきり言えばさー、走ってでも...』と言い掛けて、『いや、無理だよな。あいつら馬に乗ってたし』と諦めムードに入っている。いや、そもそもやる気があったのかさえ今となっては難しい。
結局、ジーワス会戦でのエサ子らは、20人で3000の騎兵と戦う羽目になった。
スライムナイト小隊は、数では100人くらいいる。
その100人がそれぞれ下ろされた積荷の再集積や、野営地の展開など或いは、警戒の任に当たって今は忙しく働いている。『仕事あってよかったね』とか『一時はどうなる事やら』などという連中もあった。
「まあ、こっちとしては手伝ってくれるのは有難いんだけどね」
「お! 西さん、もうすぐ来れるってさ」
長距離魔法通信で告げてくる当たりは、西さんも少しは心を入れ替えたようだった。
彼の単独行動志向ががっちり作戦に合うと、スムーズに敵を釣ることが出来るといういい例が見えた。
エサ子の一行も、踵を返すように宿営地に戻ってくると、連絡があったばかりだ。
「ジーワスの攻略は、諦めたらしい」
「何があったんです?」
「敵陣営に凄腕の忍者が居たらしい」
神妙なスライムナイトを他所に、技師は食料のダンボールを開き始める。
「ま、それよりも飯の用意をして、帰ってくる連中に暖かいものを与えようや」
「ああ、それがいいな」




