-117話 ゴーレムと戦争 ④-
森の中で、本日の獲物・ウサギを調理していた連中の目に城の爆発は豪快過ぎた。
森の境から眺める城は、使われていない雰囲気を装う要塞だった。
侵入を試みた斥候が、隙のない守備により手傷を負って帰ってくるという事が度々あった。
いや、いい加減学習しろという話だ。
森の連中は、仕方なく城の周りで狩をしながらずーっと観察していた。
ウサギの肉に、在庫が少なくなったカレースパイスを振りかける、正にそんなタイミングで頭上から大爆発を発しながら落ちてくる火炎球みたいな地響きと爆風で、彼らは久しぶりに腰を抜かした。
いや、こういう衝撃は滅多に無い。
最前線にいって魔王軍と人間の対立を観察したが、とても戦争と呼べるような雰囲気ではなかった。
しいて言えば、お遊戯いや、遊びとしか思えなかったのだ。
撃ち込まれる投石器の攻撃は、着弾観測をしない当てずっぽうで飛ばし明後日へ。
人間側は、持ち込んだマスケットを空砲で打ちあっているように思えた。
緊張感が無いまま、もと来た道へ戻り、この城に張り付いていたのだ。
いつか、奪取してしまおうと考えたからだ。
が、振り返ると――最後のカレースパイスを地面に振りかけてしまった涙目のコックと、猪を解体中の斥候と野伏が2名、観察者である戦士の1名で僅かに、4人しかいないパーティ。
いや、最初はかなり大所帯だった。
100人は大袈裟でも、6~70人は居たものだが、彼らは野生に還る道を選んで森のいずこかに消えた。
まあ、魔力が潰えたというのもあるだろう。
主人も居ないのだから、従者という身分に未練が無ければ。
しかし、この4人は生粋のシェイプ・シフターである。
人型と獣型にそれぞれ変身できる種族の総称で、彼らはその一族のそれぞれが長になり得る技量と経験を有していた。
因みに、彼らは人狼族に属する。
完全に四足歩行のケモノになるのではなく、二足歩行のケモノになるのだ。
その際、人型のステータスに獣型の乗算ボーナスが付与され、強靭な肉体や驚異的な瞬発力などを得る。
デメリットは、スタミナ切れが早いという点だろう。
スタミナを失うと、獣人化が抑制されて状態異常無効や回復力なども喪失してしまう。
致命傷を負っていた場合は、即死すらもあり得る事になる。
「爆発した!」
「見れば、分かるッ」
猪を捌いてた斥候は、『指。切ったー!!』と嘆いている。
「そんなもん、舐めてろ!」
「うー、酷いぃー」
斥候の涙目は見なかった事にする。
戦士が森の境まで這って出る。
城壁の上に人影はない。
「見張りが居なくなってる」
斥候が戦士の後をするっと抜け出ると、
「俺がちょっと様子を見てくる」
姿勢を低くして、駆け出す。
城壁から森までの間は、姿勢をどうこうしても見晴らしのいい草原だ。
匍匐前進しても、近寄る者の頭から全体が見えるくらい、隠れるような場所は無かった。
暫くすると、斥候が手招きをしている。
戦士とコック、野伏がそろりと、城壁に近づくとそこには、大きな亀裂が走っていた。
「これじゃもう、守りもなにも期待できないな」
「そこじゃねえ!」
「は?」
「この匂い、どこかで嗅いだ事ないか?」
と促されて、城内からほんのりと懐かしい匂いがする。
戦場の匂いとか、血生臭いという外にフェロモンめいた――『姫さまかっ!!』――遠吠えしたくなった心をぐっと抑え、亀裂の走った城壁を登り始めていた。
◆
一方、マルは道に迷っていた。
観光施設じゃないから、道に案内板はない。
恐らく同じ道を何度も巡っているように思う。
残念な話だが、彼女は方向音痴だ。
いや、地図があっても読み方を知らない。
誰かに手を引かれて歩いてても、そのパートナーを迷わせる不運さを持つ。
不運少女は、この7度目の同じ道、同じ十字路を同じ選択をしようとした時点で解放させた称号のひとつになる。
「ちょ、マルちゃん、最悪! ここ、7度目だよ? 分かってる???」
保護対象者にキレられた瞬間だ。
マル自身さえ困惑気味で、ボロボロ涙ぐんで嗚咽している。
「おしっこ...いきたいよー」
「そっちか!」
「トイレをずっと探してるのに...」
「いやいや、先ずはこの城から出よう! おしっこなんて野でぱっとしちゃえばいいじゃん!」
「無理無理ぃ、何で野でする前提なの?! 野ションなんてあり得ない」
「漏らすよりずっといいじゃん!」
「だから、トイレで処理もして、手を洗いたいじゃん!!」
マルの文明思考は、至れり尽くせりだった“はじまりの街”での知識だ。
流石にウォシュレットは無かったが、水洗だった事が彼女を清潔感のある少女に目覚めさせた。
もう、かつての野ションはあり得ないと考えている。
「ここの造りからすると、雰囲気は中世だから」
「で?」
「領主や館の主人には、専用の携行用トイレがあるけど、一般兵士は、馬屋とか兵舎脇に厠があってそこで致すのが普通。下男と呼ばれる従者よりも身分の低い連中が、糞尿を汲み上げて城外へ捨てに行くんだよ」
と、少女は蘊蓄を垂れ流すが、マルにはその一欠けらも届かなかった。
「トイレいきたい...」
「だから、外へ...」
という目の前で、上下同じ布製の股下が、じんわりと黒く浸食されていく。
マルの足回りに水たまりができる。
少女が視線を徐々に上げていくと、顔をしわくちゃにさせたマルの泣き顔で止まった。
「ごめん、ごめん...マルちゃん、ごめんね」
思わず、自身も濡れることも恐れず、彼女を抱きしめている。
◆
城壁に上がった人狼たち4人は、獣人化して懐かしい匂いを追う。
幸いにも、南側にて強烈な痕跡を捉える事が出来た。
「まさか、姫様も我らを察知なされて、マーキングされたか?!」
「んなこたぁないだろ、あの方の事だ...大方、どこかで漏らされたのだろうさ」
「おっ前は!! そういう姫様を子供扱いしおって! よいか、あの方は、婿をとられるお年頃であられる。いつまでもお子様ではないのだ」
と、戦士が説法していたが――斥候から『ふたりを確保、ひとりは姫様』――という心意交信を通して、マルのお漏らしも報告された。コックの“ほれ見た事か”という表情が憎たらしい。
いや、戦士も怖いばかりの顔はしていられない。
「姫様。少し気持ち悪いでしょうが、私の背中の上で我慢してください」
と、彼女を誘い背負いあげる。
傭兵団の少女も、コックが背負っている。
「む? なにやら似た感触が...」
「な、なんでしょうー」
傭兵団の少女は鼻歌で誤魔化している。




