-116話 ゴーレムと戦争 ③-
最前線から僅かに百と数十kmしか離れていない古びた城で起きた惨事。
最前線に近いということは、何があっても当事者以外は与り知らぬこと。という含んだ言い逃れを、双方が出来るからだ。帝国の関与や、誰かの野望めいた背景などのことだが。ただし、城の警備や配置された兵の質も尋常ではない。
例え、仮にも魔王軍の侵攻が迫っても、いや、包囲されたとしても、重要人物を後方に逃がすだけの時間を十分に稼げる能力も力もあった。但し、城の半分が吹き飛ぶまでの話だ。
戦経験の長い老練な将軍が、率いる第11軍団。
獅子の頭を旗の意匠として掲げ、彼の野戦技術には定評がある。
ウォルフ・スノー王国にあっては、英雄のひとりとして数えられる猛者だったが、最後は呆気なかった。
マルの逆鱗に触れたのだから――彼女は、幽閉された部屋の中から通路側に向けて、氷衝撃弾を複数回放っている。いや、魔法少女マルのジャーナルで既報され、各国とも最重要危険人物として、マークされていた。
各国でも争奪の動きはあったが、仮に捉えた後の始末に関して、魔法の封印と範囲、圧力レベルが手探りなの考えていなかったからだ。
争奪は机上の空論――実際に、彼女を捉えような国があるとは誰も思っていなかった訳だ。
◆
封印範囲は、部屋の中だけだが、両手に課せられた腕輪の方が重要だった。
マルの気が散るというか、イメージを数秒でも形留めることが困難な状態にあった。
帝国・宮廷魔法使いがアクセサリー職人に作らせた腕枷である。
作用は、単純な宝珠による干渉というものだ。
魔法装具の中には、魔法攻撃等無効なんていう類のがある。
それを応用した腕枷を作った。
数はひと組のみ――魔法少女マル専用の装具なので、ひとつで十分と考えていたところが認識不足だった。密偵に彼女の身辺を探らせていれば、もう少し危ない子だと知る事が出来たかもしれない。
腕に走る気味の悪い悪寒と共に、練り込んだ魔力が体外へ拡散される様な不快感の中にマルがいた。
氷衝撃弾よりも上位となる魔法を放ち、一撃で屋外まで続く通路を作るつもりだったが、結果としてアイス・ボルトを何度も放つ羽目になった。
魔法を都度、唱えるたびに腕環が鈍い光を放つのだ。
材質は、ある種の魔物属性な珊瑚をつかい、それを台座に対照的な位置に宝石が嵌めこまれている。
宝石をよく観察すると、宝珠であることが分かるが、このあたりの知識はマルにはない。
「マルちゃん...」
後ろから、同じ布製のペタンこ娘がひょこひょこ追ってくる。
傭兵団に所属し、拷問官に指まで切断された少女だ。
甲冑を着込んでいる時の彼女に特徴めいたものを感じなかったが、ひとたび鎧のない少女をみると、随分と幼い雰囲気だ。そういえば、エサ子も最初は――と、彼方にある親友の安否を気遣ってみたりもして、ふと、我に返る。
「心配ないよ! ボクが君を逃がすから!!」
普段では見せない逞しさ。
少女が胸の前で腕を縦に重ね、身体を震わせている。
ペタンことは――腕を畳み、胸元に寄せれば膨らみが増すものだが、マルの細い視線が少女へ突き刺さる。
「ほぇ?」
「い、いや...今、聞く事じゃないと思うけど...」
「?」
「もしや、お〇んちんって生えてないよね?」
マルの口をついて出る言葉にしてはストレートな単語。
いや、今更、オブラートに包める必要がないほど、風呂場でよく見たものだ。
とくに、ベック・パパの見事な豪槍は、マルの目を惹いて脳裏に焼き付けた。父親代わりで遊んでくれる人から、一気に“意識する男性”に格上げされた。
この一件から、マルにボディタッチをしてくるベック・パパとの微妙な距離が生まれたのだ。
マルにとっては身体の芯が“じんっ”と熱くなって、恥ずかしくなる、頬も赤くなるからキツく当たるようになった。
当のベック・パパはちょっと寂しい思いにある。
メグミさん曰く『今は、反抗期なんだよ』と慰めているとか。
「や、やyやだなー」
「言葉、詰まるとこじゃ」
マルの勘ぐりに少女は、目が泳ぐ。
少女は視線を逸らしながら、しきりに胸を揉みしだく。
「ほ、ほら...ちょっと見えないだけ、も、揉めますもん」
「まあ、いいや。保護対象は変わらないし...でも、お〇んちん生えてるなら、あとでちゃんと申告してよね! 寝床と水浴びは一緒に出来ないんだから!!」
と、マルの心配はそこにあった。
少し頬を赤らめ、
「ちょっとは見慣れてるけど、当事者になる...の、ちょ...こ、恐いから...」
なんて、口を尖らせて呟いている。
◆
南の詰め所を含む櫓が吹き飛んだ真下に、馬屋があった。
係留してあった馬は全滅である。
城壁の上で見張りの任にあった兵士たちが、一斉に爆発した方角へ視線を走らせる。
深夜帯の労役にある下層兵を労うため、出歩いていた将軍も、その惨事を目撃したひとりだ。
爆発は2度。
1度目は、側塔・詰め所の中腹部が吹き飛ぶ惨状。
2度目は、目の前の城壁から城内の幕舎、倉庫群が吹き飛ばされた途方もない火力の魔法攻撃だった。
「将軍!」
駆けつけた騎士が、仰向けに転がっている老人を引き上げた。
「な、なんの...」
足に力が入らない。
膝から下を砕かれた城壁の石礫によって、滅茶苦茶に吹き飛ばされていた。
「うぬ、これでは歩けもせん!!」
気骨があるというか。
老人は、仲間の騎士の首や肩に腕を回して、一旦城壁を降りる。
だが、傷からの止血に失敗し、落命は避けられない状況にあった。
「治癒士を呼びます」
「よい、この傷を癒せる者などここに、居りはせん...それよりもだ、今後、いや、指揮権を、だ...サー・レーワルデン卿に仰ぐこと...よ、よいな?」
老人は言い残すと、静かに生涯をとじる。
最後も戦場めいた場所で、満足な微笑を浮かべて逝った。




