-115話 ゴーレムと戦争 ②-
金貨3000枚で1騎を購入した紳士は、貴族様のようだ。
彼は、前金だと言って手付の半分を、その場で支払うほどの羽振りの良さを見せつける。
招待状を送った、中堅にそれとなくマルが訪ねると、紳士の正体が分かった。
ウォルフ・スノー王国の貴族だという。
グラスノザルツ第二帝国(世界に興った帝政を数えると、三番目になるのだが語呂が不吉という事で、第二帝国と宣言しているのが実情)の衛星国にして、西側にある対魔王軍最前線司令国という認識がされている。
ウォルフ・スノー王国の元首は、帝国内で公爵とキール・ロストク伯爵領を領有する、皇帝の末弟にあたる。きわめて聡明で、兄が大好きなブラコンであるという噂だ。
確か、齢15歳という少年という話も聞く。
その国に招待状を送ったのは、魔王軍と対峙しているからという理由だが。
帝国にこれらが渡る可能性の方が高い上に、対魔王軍に使用されるとは限らない雰囲気があった。
何よりも、帝国と魔王軍とで密約めいたものを、感じてならない。
中堅が紳士と話を詰めて戻ってくると、マルの荷造りは終わっていた。
「凄いよ、マルちゃん!!」
興奮のあまり、スキップしている中堅の子の方が目を惹く。
「あの方の申し出を受けると、年ベースで20騎も購入してくれるって!」
“年”ってどっちの月日だよ――と、思われたが、おそらくはゲーム時間の“年”だろう。
そんなに早く20騎も作れねーよと、悪態と共に愚痴るマルがいる。
「あ、うん」
「最初の納品はクエスト方式で――」
おいおい待ってくれよと、マルが怒りの三白眼になって口を尖らせていると中堅は、
「とりあえず5騎を大口納品で完遂すれば、ボーナスとして金貨1万枚くれるんだって!!」
きゃーって、頬を赤らめる中堅の傭兵。
それを聞いた仲間たちも、頬を両手で抱えて『きゃー』なんて可愛い声を挙げている。
しかし、マルはそんなに楽観していない。いや、話がウマすぎて今一、真剣に耳を傾ける事が出来ない。己の中の警鐘が今すぐ、この場から逃げろ!――と、騒ぎ立てているような感じだ。
とてつもなく嫌な予感というアレだ――虫の知らせ?
「まだ、こんなとこに...居らしたのですか」
と、紳士が会場だった場に現れた。
遭った時とは違った雰囲気だが、すっかり警戒するという部分が抜けた、中堅の子は彼の下へ。
「――あなたも?」
「ええ、納品クエストに少し色を付けたくなりまして――」
いや、それは違うだろ...心の中で突っ込むマルの視線を紳士は受け流す。
「英雄管理委員・世界評議会の名において、武器密売行為により貴兄らを拘束する!!」
と、紳士が彼女らを前に宣言する。
会場内にぞろぞろと、兵士たちが雪崩れ込んできて――傭兵の子は『私たち、“兄”じゃないよぉー! “姉”とか“妹”だもーん』なんて叫んでいたのが、マルの最後の記憶だ。
◆
マルが覚醒したのは、大きな月が高い塔の屋根に掛かる頃だ。
時間は、どれほど経たのかは分からないが、身なりは酷くみすぼらしいものになっている。
いわゆる、囚人服みたいな? 布製だが、やや丈夫で伸縮性がある。両手でまさぐって触診、インナーのブラジャーは、自前の物であるから服だけが変えられた模様。記憶があった頃の下衣は、チェック柄の短いスカートだったのに対して、上衣と揃いのズボンになっている。
無地で面白みのない嗜好、強いて挙げれば、左胸に印字された番号がちょっと可愛いと言えるか。
「マルちゃん...ごめん...」
国境なき傭兵団の中堅で、マルと一緒にいる少女は、ひとりだけだ。
その少女も同じ服を着せられ、口を尖らせてしょんぼりしている。
よく見ると、額と口端が青く腫れて、血も滲んでいた。
「じっとして...治癒魔法」
マルのかざした掌から、淡く優しい光が灯る。
すると、滲んでいた血が消え、怪我の址もなくなって可愛らしい顔に戻る。
「どうしたの?」
「私たち、調子乗り過ぎてた」
グスグス...涙ぐんで、仲間がふたりを逃がすために、抵抗して戦った事を彼女に告げる。
それでも多勢に無勢だった皆は、致命的な怪我を負ってベイルアウトし、ふたりは拘束された。
抵抗した仲間の分まで少女は殴られ、奥歯と右目を潰されて漸く、マルと一緒に幽閉された。
「レイプとかされなかった?!」
「うん、大丈夫だと思う...一般兵じゃなくて拷問官という専門職だったから」
握っていた拳を広げると、爪を剥がされ、小指の先が斬られていた。
蒼白して言葉を失うマルだが、高位治癒魔法を唱えて、彼女の傷と心を癒す。
「ごめんね、マルちゃん...ごめんね...」
と、繰り返してばかりの少女だった。
「女の子を傷つけるなんて許せない!!」
マルの怒りが頂点に達する。
ルビーアイの瞳が激しく光って燃え滾った瞬間だった。
◆
紳士が兵士に睡眠を妨げられたのは、前線勤務以来だ。
彼も、騎士としてマスケティアーズを率いて、最前線の野営地に赴任したことがある。
魔王軍から昼夜問わず投石器の岩石が撃ち込まれる戦場に立って、戦争の生々しさを体験したクチであるが、それ以上の騒がしさに遭遇した。
「何事だ?!」
紳士も甲冑を身に付け、軽装ではあったが帯剣とマスケットを担いで廊下を走る。
「未確認ですが――」
廊下から東の塔が吹き飛んでいるのを眺められる。
次いで、南の館は地面ごと抉られ炎の中にあった。
「司令官はご無事か?!」
「いえ、それも分かりません」
「何が分かってるんだ!」
紳士の怒声が響く。
誘導する兵士は――
「何も分からないんです!」
平静さえも保てない、焦った表情の兵士がある。
「広場中央で、魔物が二体...大暴れをして――」
「指揮権をもつ者は?」
「あなたが上級士官になられます」
と、声が震える兵士が告げる。
「分かった! では、俺の号令と共に続け!」
「応っ!」
兵士が拳を胸前に掲げて応じた。
ふたりは、先ず城の吹き飛んでいない場を目指す。




